疑えば、心が暗くなり鬼が棲む


こんな風に訳せば良いのでしょうか?


他者を疑う心は、自分自身をも疑うことになり、信じられぬ心が生み出すのは悪鬼の姿


核兵器による、ゼロサムゲームは、その典型ではないでしょうか?


信頼無くして愛は語れぬものですが、その信頼が揺らいでいる元凶は欲なのではないでしょうか?


理想論を語るつもりは毛頭ありませんが、経済的利益を求めることが戦争を起こし、人の命を奪っているのが現実


イスラム教でもキリスト教でも、人の命を奪うことは認めていないはずなのに教義を逆手にとって、自分達が権力を得るために聖戦を叫ぶことを、神は認めないと思うのは、宗教を理解していないから思うことなのでしょうか?


ここまで、壮大な話でなくても、人が人を疑うあまり真実を見失うことは、日常でも起こっていることですよね?


相手を信じようとした自分を信じ、信じられないと思ったら疑うのでは無く縁を切り、自分の人を見る目が無かったと諦める。


疑うよりは、傷ついても諦める方が良いと思うのは綺麗事過ぎますかね?