昨日の記事のコメント読んでいて自分がF1を見始めた頃を思い出し、思わずニヤケながら、少しウルッとしてしまいました。
古き良き時代とノスタルジックに言ってしまうのは簡単だけど、あの時代は現代から考えたら恐ろしい程安全性が低く、明日をも知れぬと思いながらマシンに乗っているドライバーの私生活が、自分達の住む世界とかけ離れて見えたことも事実だと思うのです。
「ひな鳥のように丸焼けになるくらいなら壁に張り付いて一気に死んだ方がマシだ。」
「観客はショーを見たくて訪れている、僕たちの命がけのショーをね。」
今は手元に無い、40年弱前に読んだ本に書かれていた実在のF1パイロット(70年代、F1レーサーはパイロットと呼ばれていました。)の言葉で、記憶頼りなので正確ではないかもしれませんがご了承下さい。
この言葉通り、彼らは死と隣り合わせで生きていて、だからこそ助け合いのエピソードも多く、また私達から見れば非常識と思えるような言動、行動も数多くあり、それが私達を楽しませてくれていたのも確かです。
モナコでテニスやお酒に興じるF1レーサーの姿を捉えた画像や記事が流れ、プライベートでのイタズラの数々、事故で亡くなった仲間のレーサーの家族の生活を助けた話など、数多くのプライベートな繋がりやエピソードが私を引き込んでいきました。
マシンに傾倒していくのは、77年のウルフWR1とロータス78でマシンと空力の関係をそれなりに理解出来てからのことで、それまでは、マシンの見た目とレーサーのエピソードが書かれた本で、F1の世界観に浸っていました。
今の時代と間違い無く違うのは、一度クラッシュすれば命の危険度が桁違いだということ。
ベルギーGPのようなクラッシュなら二人はあの世行きだったのじゃないかな?
だから、ある程度当たり方を心得ていたように思うんです。
私の記憶では、多くはマシンのトラブルが原因で、他者を巻き込むような多重クラッシュはそれ程多くなかったと記憶しています。
思い浮かぶのは、ロニーのモンツァの事故くらいかな?
ジルやパレッティは追突だったけど相手方には不可抗力的要素が大きかったと思うし、ロジャー、セヴェール、リント、レブソン、プライス、デパイエ、アンジェリス・・・ほぼ単独事故だったと思うんだ。
だから、当たり屋みたいなドライバーは、今ほど目立たなかったと思うんだよね。
そういう意味でも、昔は良かったと言われるのかもしれないと思っているんです。