大阪市職員の入れ墨問題。
普通に考えたら、「けしからん!」の一言ですよね?
別に擁護する訳ではないのですが、本当に一言で片付けて良い問題なのでしょうか?
教員が生徒に入れ墨を見せて威嚇・・・言葉通りに受け取れば、生徒を脅しているわけで、被害者は生徒。
でも、今の横浜の現状を見ていると、果たして、そのような単純な構図なのかと疑問が湧いてきます。
そもそも、教員を目指す人間が入れ墨見せて、生徒が怖がるのを見て喜ぶという解釈が、解釈として例外的な解釈のような気がするのです。
今の教員は、当然体罰も禁止されていますし、様々な評価の弊害で個別に生徒と関わることも難しい状況の中で、自分達には手出しが出来ないし、何かあれば揚げ足を取り教育委員会に訴えるぞと逆ギレするような生徒と向き合っています。
実際に「俺等、何やっても絶対死刑にならないし、先公は手出せばクビだし。」などと、ほざいている生徒がいる現状があるのです。
もし、それらの生徒を窮余の一策として入れ墨をちらつかせてビビらせていたとしたら単純に責める前に、その状況の改善を先に考えなければいけないし、当然、その教師にたいしても一定の情状酌量の余地はあるのではないかと思うのです。
もちろん、事実がこの通りなはずは無いと思いますが、このようなことが考えられる以上、画一的に入れ墨=悪とするのではなく、入れ墨=悪を前提としながらも、個別に対応し、例えば、このような事例が報告されたのならば、例外としてこのような例もありますからと、新たな問題提起に繋がるような対応が必要だと思うのです。
私が知りうる例として、民間金融機関で取り立ての部署に所属した人が、人が良すぎて成績が上がらず、苦慮の末に入れ墨をいれたら成績が上がり職に留まることができたという話を聞いたことがあります。
毒も薬となることがあるのですから、私は一つの行為を全て悪と決めつけてしまうことへは少々恐れを感じているのです。