私は、親離れ子離れということに関して、少数意見の持ち主なのです。


現代は、核家族が中心となって社会が構成されている中で、一定の年齢になると親からの独立を促すのが当然で、親元にいると寄生虫扱いする人々もいます。


実際、仕事もせずに親の脛をかじるのはどうかとは思うのですが、実際、毎日仕事に行っても稼ぎが少ない人は、相当いるのではないでしょうか?


15年前、板前の見習いは給料10万以下は当たり前でした。


しかし、社員寮があり、住むことと食うことは保証されていましたが、今は給料はそのままで、保証は無し。


雇用条件に、自宅からの通勤が可能なことなんてのもあります。


このようなご時世に、食うや食わずの人間を、親離れを理由に独立させることは、子供が親の面倒を見ないで生活保護者が増えるのと同様に、若者の生活保護者を増加させる要因の一つになっているのではないでしょうか?


親元から離れて自由になりたいと思う若者は多いと思うのですが、自由をお得る為には必要な果たさなければならない義務があります。


それは、自分の食い扶持をキチッと稼ぎ出すことで、雇用条件が厳しく食い扶持を稼ぎ出せない子供に対して、「お前は半人前だから、自由は得られないよ」と、教え、親もまた、自分が稼ぎ出せなければ半人前だから、自由は持てないと自覚して、子供と共に生きる。


そのような寄り添う家族関係の構築が、親離れ子離れの前に必要だと思っています。


自然界なら、餌の獲れない子供は淘汰されていってしまいますが、人間界はそうなってはならないのですから、無理な親離れをする前に、子供に我慢を教え、自由の意味を問う教育をしなければならないし、例え成人しても、世話をするのが親の勤めではないでしょうか?


親離れといいながら、都合の良い時だけ親を頼るような自由の持ち方を許すべきではないと思っています。


今一度、本当の親離れ子離れと、自由を得るために必要なものは何かを考え直す時に来ていると、私は考えています。