愛するということは信じること。
信じるということは理解すること。
理解するということは許すこと。

私が中学時代の恩師の言葉で、以前ブログ記事にしたことがあります。

許すということは愛すること…だと思うので、ある意味で、同じ方向を向いている言葉だと言えるのではないでしょうか?

その方向とは、幸せを感じる為に必要な儀式とも言うべき行動なのではないでしょうか?

幸せを感じる為には待つのではなく、自ら行動することが必要であり、その行動の一つは、他人を愛し、愛し続けて多くの涙を流すことなのだと、私は考えています。

他人を愛するには、他人の痛みを思えなければならず、それは痛みを知らぬ人間には出来ないことですから、届かぬ思い、一方通行の愛や裏切りに傷つき、多くの涙を流す中で生まれる思いが他人を愛し守る。

私には、そう思えてならないのです。


人を愛することは人を信じることであると初めに書きましたが、自分を愛せない者が人を愛そうとする時、自分を責めるように人を責めてしまうものですから、自信の無い自分を信じることから始めて欲しいと願うのです!