人を信用するのは、難しいことですね?
人間は、どうしても自分に都合良く解釈してしまうものだから、どうしても人を疑ってしまう。
疑心暗鬼・・・疑う暗い心は鬼の如し。
そんな解釈で良いのかな?
人は、時として自らの心の闇に喰われてしまうことがある。
人は弱き者だから・・・
自分の信じた人に裏切られた時、人は鬼になることがある。
人は、恐ろしき者だから・・・
私は思うのです。
人の裏切りは想定していないといけないのではないかと・・・・。
そもそも、人は、自分が助かるために人を死に追いやっても、それを緊急避難行為として正当化している生き物なのです。
裏切ったと責める前に、自分が信じた人が裏切るのには、それだけの訳があるはずだから、その人にとっての緊急避難行為だったのだと思い、見送れるような人間でいたいと思う。
99%信じても、1%は保険をかけるように、裏切られた時のことを考えて対策はたてておく。
そして、その1%が起きた時、相手にそれだけの事情があったのだと、自分が信じた人間を思いやることは、自分が、その人を選んだ責任を完結する、自己責任に基づく行為でなければならないのではと思う。
裏切られたという事実は、それだけでしかないが、自分が認めた人の行為を見下すことは、自分を見下し、己から自信を奪う行為となり、相手の行為を仕方の無いものと認めることは、自らの選択に正当性と自信をあたえるものとなるはずである。
すなわち、自己責任を完結するということが、自分にとって自信の源の一つになるのではないかと思う。