3月3日、4日に、鈴鹿サーキットでファン感謝デーが行われました。
とても、楽しかったのですが、楽しみと同時に、反省があり、記事にするか迷いましたが、自戒の念を込めて、アップしました。
昨年は東日本大震災の翌日で、全ての走行は中止となり、走行予定のマシンの展示や、コースウォークやピットウォーク、レーサー、ライダーのサイン会等が行われていました。
私は、宿を予約していて、当日キャンセルは全額負担だったこともあり、帰宅難民となっていた息子を11日深夜に拾い津波警報で東名高速が通行止めとなっている中、中央高速経由で鈴鹿に向かっていました。
津波の一報は聞いていましたが、それがどれほどの被害を及ぼしているのか分からないまま、高速を下っていたときに、反対車線を上って行く、消防車、救急車、自衛隊車輌の車列が、延々と続くのを見て、徐々に災害の大きさに気付いていくことになるのですが、実際は、情報が錯綜しており、ラジオからも、未確認情報ばかりが流れている上に、震源地から離れて行くわけですから、どんどん実感が無くなっていくばかりでした。
鈴鹿では、デモランの中止が伝えられる中、遊園地で遊ぶ家族連れと、モータースポーツファンで、かなり賑わっていて、普段と何ら変わらぬ光景が、そこにありました。
宿泊先に、キャンセル料として当日分の宿泊費を支払い、そのまま帰路につくことを決めたのは、製油所に勤める友人から東北が壊滅して、石油精製能力が低下し災害救助を優先することからガソリンが関東地方では入手出来なくなるかも知れないとのメールを12日午後に貰ったからでした。
その時になるまで、津波被害がそこまで甚大だと思っていませんでしたが、帰路で多くの消防車、救急車、自衛隊車輌と東上する中、ラジオの放送で拡大する被害の様子を聞きながら、何が起きているのか理解出来ぬまま横浜に帰宅したことを覚えています。
今思えば、あのような状況の中、知らぬが仏の状態で、鈴鹿を往復した自分の愚かさに呆れるばかりですが、今年初めて行った鈴鹿ファン感謝デーの喜びとともに、2011年の鈴鹿ファン感謝デーは、一生忘れることは無いだろうと感じています。