人が人を傷つける時、それが意図的なものでない時があります。
人を傷つけることなく生きていこうと思っていても、傷つけてしまうことがある。
心当りのある方も多いのではないでしょうか?
でも、人は傷つけた自覚すらなく、人を傷つけてしまう生き物でもあります。
人は、何かを選ぶ時、何かを諦めなければならない時が、往々にしてあるものです。
例えば、好きな人が出来て、その人と結婚したとしましょう。
もし、その時、その人に片思いしている人がいれば、その人は傷ついているはずです。
それは、どうしようも無い事なのですが、人が生きていく中で何かを選択している時には、そこで誰かが傷ついているかも知れないのも事実なのです。
人が、進学や就職で人と競い合う中で、人は勝ち抜いていこうとすればするほど、負けた人は傷ついていく。
現代社会では、当たり前のことなのですが、傷ついた人の存在を思って欲しい。
人の幸福は、誰かの不幸の上に成り立っていると言った人がいましたが、それは、ある意味で真実の一端を表していると、私は思っています。
どうしようも無い事、回避出来ないことであるならば、何かを選んで得た人は、得られなかった人を思い、人に優しくなって欲しいと思うのです。
社会は、20%の強者と60%の普通の人、そして20%の弱者で構成されていて、強者と呼ばれる人々は、弱者が持つことの出来なかった、秀でた五体や才能によって強者となれているのだから、弱者を守るのは強者の義務なのだと言った人がいます。
私は、そこまで言うつもりはありませんが、人は知らないうちに人を傷つけて生きているという自覚を持ち、人に優しくあって欲しいと思うのです。
そして、傷つけるつもり無く、傷つけてしまう人もいるのですから、どこかで許す心も持っていて欲しいと思うのです。