今、「Astudio」に、小西真奈美が出演していました。
小西さんは、エッセイの中で
「頑張ってと言われた方が頑張れる!」
と、書かれているそうです。
自分が、今、頑張らなければと思っているときに、無理しないでと言われると、体や心を気遣ってくれているのは分かるけど、頑張り時と思っている自分は、返答に困ってしまうから、頑張ってと言われた方が頑張れる。
そんな、内容の事を語っていました。
私は、頑張って、頑張って、持ちこたえることが出来ずに、心が折れて、自分が壊れてしまった人を何人も見てきて、壊れて行く寸前の「頑張れって?これ以上、どう頑張るの?」、この一言が、頭から離れず、人に「頑張って」と、声をかけることが出来ないでいます。
勿論、懸垂10回目とか、ウォークラリーのゴール目前とか、さほど頑張らなくても大丈夫そうなときは、言えるのですけどね。(笑)
まして、文字で伝えるブログでは、相手の置かれている状況が見えないだけに、「頑張って!」という、一言が、相手を追い込みはしないかと、不安を持ってしまうのです。
私は、多分、この先も、誰に対しても、見えない相手には頑張ってとは言えないと思います。
小西さんのような考え方もありますから、それはそれで、イラッとされている方もあるのだろうなとは、思いました。
でも、それは、決して応援していないことではないですし、言葉が持つ、凶器としての一面を知り、言葉に重さを感じている者としては、なかなか言える言葉ではないのです。
私は、何か、小動物を連想させる小西さんの笑顔が好きなのですが、女優という仕事をしている方の本質は強いのだと、限界が、先にある人は、まだ、頑張れますからね・・・。
「怖いのは閉ざされてしまうこと、こうなのだ、ここまでだと終えてしまうことです。」
ガンダムSEED DESTINY、ラクスの言葉ですが、自分の限界を自分が決めて、早々に諦めてしまうことを、閉ざすと表現し、怖いと言いい表し、諦めなければ、道は開けると説くのでしょう。
私は、簡単に諦めることが嫌いなので、この言葉は好きな言葉でもあります。
でも、難しいことだと理解もしています。諦められずに、頑張っていると、知らないうちに、自分の限界を超えてしまうこともありますから、やはり、諦めないことと、諦めることの両立を図ることが肝要なのでしょう。
だから、容易く「頑張って!」と、言えないのです。
相手を理解することは、本当に難しいのでSFの世界のように、心で繋がれれば、気軽に、「頑張って!」とも言えるし、誤解からの喧嘩も無くなるでしょう。
人を傷つけることは最小に、人への愛情は最大に・・・そんな風に生きられたら、本望です。