久々の「赤いペガサス」(以下、赤ペガ)ネタで。
今、TBS系で日曜日に放送されているドラマ「仁」ですが、原作は、村上もとか先生(以下、敬称略)。
赤ペガの原作者でもあります。
最近のコミックと違い1978年販売のこのコミックには、著者の説明や近影が無いところからも、ジャンプでの連載デビュー直後の作品であることが分かります。
私が、村上作品に惹かれるのは、人間ドラマが丁寧に織り込まれているからなんです。
今、放送中の「仁」にも共通していますが、フィクションとノンフィクションの間を描いているよな、人間ドラマにたまらなく魅了されるんですよね。
ポール・フレールという、当時、モータースポーツの分野では、伝説的なジャーナリストです。
彼に吐かせたこの台詞、その後5、6年後かな?
F1のドキュメンタリー映画の1シーンで、ジャッキー・スチュワートとアイルトン・セナが、同様のやり取りをしているのが、映像に収められていました。
この時点では、フィクションであったのですが、後の実話の原型になっているようで「仁」を思い起こさせます。
これは、77年南アフリカのキャラミ・サーキットで起きた、トム・プライスとコース・マーシャルの衝突死をモデルに書かれたストーリーと思われるもので、ジョディ・シェクターがアパルトヘイトによる差別で、メカ好きでもF1に縁が無く、触れることすら出来ない、優秀な整備士である、黒人青年ジミーとその仲間を、ケンに紹介。
クラッシュしたマシンの復旧に人手が足らず絶望的な状況のケンのチームは救われ、彼らの不眠不休の活躍により、ケンは決勝に出場できます。
しかし、決勝レース中、心無き白人マーシャルのミスで、コース上の落下パーツを拾いに出たジミーは、2位走行中のケンのマシンに撥ねられて亡くなってしまいます。
「あの世では、黒人も白人も無いんだろう?・・・なあ、ケン!!・・・見たかったよ・・・ぼ、ぼくらが・・・サーキットを走れる日を・・・」と、言い残して、息を引き取るジミー
彼の遺体を抱えたケンは、自らのマシンのコックピットにジミーを座らせて、この台詞を・・・。
当時の、人種差別は、南アが筆頭であり、南ア出身の、ジョディー・シェクターは、色々な意味でジャーナリストの標的にされていた時期でもありましたし、ヨーロッパ文化とナショナリズムを出所とするF1では、黒人はおろか、黄色人種も冷遇されていた時代ですから、この題材が、如何に重いか、お分かり頂けるでしょう。
このストーリーを知る私は、ハミルトンがチャンピオンになった時や、日本人のF1フル参戦、メカニックや、エンジニアに日本人の採用・・・これらのことが、全て感慨を呼び、感動したものです。
赤ペガと村上もとか、恐るべしでしょ?(笑)

