まず、最初にお詫びを、一つ。GTPさんのコメントのお返事で、中嶋のロータス在籍2年と書きましたが、正しくは3年ですよね?先程から記事を書こうと思って記憶をたどりましたが、ホンダじゃないロータスに乗っていた記憶があり、90年にピケがベネトンで鈴鹿優勝・・・て、ことは、87,88,89年がロータスでピケとは、2シーズン、チームメイトですよね?ごめんなさい。
中嶋選手は、人の悪口を言わない人で、インタビュー、記事、書籍などでも、批判めいたことを言っていた記憶が、殆どありません。
ですから、結論から言いますと、ネルソン・ピケのことを悪く言っていたことは記憶に無いです。(笑)
「ただ、私生活が少し変わっていて驚いた。どんな風に驚いたかは、皆さんの方が、良く御存知なんじゃないですか?(苦笑)。」と、言っていたくらいですかね。
ピケと、中嶋は、実は古い縁があって、78年のイギリスGPの前座F3レースで、一緒に走っているんですよ。これは、何故ハッキリ覚えているかと言うと、
「中嶋ヨーロッパに初挑戦、ブランズハッチF3でスタート直後のクラッシュに巻き込まれ宙を舞う」という記事が出て、当時、77年日本GPの事故で、F1開催がなくなり、早い若手ドライバーが、世界を目指しても、やっぱりなぁとがっかりしたのを覚えています。
それで、何かの書籍(多分、中嶋のF1日記)に、そのレースで、ピケが「さっき俺の上を飛んでいったのはお前か?良い眺めだったろ?」と、からかうと、英語の分からない中嶋が、「サンキュー」などと答えていたと書かれていました。
そして、中嶋がピケに直接聞いた衝撃の真実があったのです。
そのレースのことがピケとの間で、話題になり、ピケが、「サトルも、あのブランズハッチにいたろ?あの事故はね・・・。」と、話し出し、
その年チャンプを狙っていて、常に新品のパーツにして万全でレースをしていたのだけど、あのレースの時は、ギヤボックスが駄目で(ギアパーツが足らなくなり、レシオが悪かったのか、何かだと思いますが。)、スタートを決めて、逃げ切るしかないと思ったのだけど、あるドライバー(自信ないけど、チコ・セラ?)に、抜かれそうになって、負けるのが分かっていたから、ぶつけたら、あの騒ぎになったんだそうです。
ピケは、その年にF1デビュー。
マシンを失った中嶋は帰国、そのせいで、F1デビュー迄、そこから10年もかかったんだぞ!と、訴えていました。(笑)
セナと走った時は、自分は通用しないと思ったそうですが、ピケと走るようになってからは、タイム差も縮まり、元チャンピオンに迫るタイムを出すこともあり、また、ピケがセッティングに苦しんだ時に、自分のセッティングを試してもらい、タイムアップに繋がるなど、まだ行けると思えたと、語っていました。
ピケとは、カナダからデトロイトの移動を、プライベート・ジェットに乗せて貰ったりして、ワールドチャンピオンのセレブな生活をたいけんさせて貰ったり、仲は良かったようですよ。
ただ、その時も離陸寸前まで「宙返りするから、気をつけろよ!」などと、ジョークで驚かされたりしていたようです。(笑)