中嶋 悟(以下、敬称略)と言えば、日本人F1ドライバーのパイオニア。F1史上初の日本人フルタイム参戦ドライバーです。


また、いつもの曖昧な記憶で話が始まるのですが、何かのTV番組のインタビューだったと思うんですが、ロータスで、最初のチームメイトだった、アイルトン・セナやネルソン・ピケ、ジャン・アレジについて、語っていました。

他の雑誌でのインタビューの内容などと、記憶がごっちゃになっているので、チームメイトに対して、F1に対しての、中嶋の本音?の話が伝わればと書きますね。


セナは、とても良い人で、いつでも、どこのサーキットでも、ルーキー・ドライバーの中嶋に、丁寧にコースからセッティングまで教えてくれたそうです。

そして、タイムが上がらずに、苦しんでいると、コーナーでのアクセル、ブレーキのペダルワークから、ステアリングの切り込み方まで、全てを教えてくれたそうですが、

その時、中嶋は「えらい所に来たな。俺、F1ドライバー、無理かも。」と、思ったそうです。

その理由を、中嶋は「セナの1秒と、俺の10秒が、同じ位なのではと、感じた。やることは全て教えてもらったけど、短時間のコーナリング中に、その全ての動作ができなかった。」と。言ってました。


モナコでタイムを出せずに苦労していた時も、セナは

「サトル!最後の手段を教えてあげるよ。」と、あるコーナー(場所は内緒だそうです。)で、外一杯に回って、コンクリート・ウォールに、前輪を1、2㎝ヒットさせてステアリングを切れば、タイムを大きく削れるとアドバイスをくれたそうです。その時の注意点が、ヒットさせすぎると、サスペンションを傷めるからとも言われたそうで、


それをまとめた、中嶋の言葉が、私を笑わせました。


「それが、出来れば、タイムが削れるのは、とても良く理解出来ましたが、時速160キロで、コンクリート・ウォールに、タイヤを1㎝当てろって、当てすぎたら駄目だって、そんなこと出来るわけがないでしょう。」


ですよね。(笑)


そんな日々は、中嶋にトップ・ドライバーとの力差を嫌でも自覚させ、セナが、自分に対してオープンに、教えてくれていたのも、自分はセナにとってライバルになり得ない存在で、チームに少しでも貢献ができるように考えてのことだったのだと、回想してました。


何度も書きますが、ピークを過ぎた、ルーキードライバーは辛かったと思います。ピーク時の、中嶋でも、どこまでの世界ですから、10年早く、挑戦させてあげたかったなと思うと共に、セナの常人離れした天才ぶりに拍手のエピソードでしょ?