真の自己中こそ勝利への近道
自分中心であるということ。
それはプラスのことに留まらずマイナスのことも背負うということ。
他人に返さずに全て自身に留める。
苦しみも悲しみも自分に帰してこそ成長の糧となると思った。
すなわち、愚痴や不満などはとても成長効率を悪くするものなのでできる限り漏らさないのが
望ましい。
いいかっこしいとか他人に悪いとかではなく、それはまさに自分のためだから。
例えば団体競技などでは複数人から成り立ち、責任の拠り所が不明瞭になり易い。
が、団体競技とはいえ、自身の能力向上も決して軽くみることはできないものと思う。
そうした場合、目に見えて自分以外の要因で負けたとしても、それでも自分に帰すべきである。
例をあげて考えてみるに大事な試合の日にレギュラーの一人が欠け、その日の戦術の算段がたてづらくなり、
歯車が狂ったとしても、
その状況に適応できない自分に問題があり、チーム全体に動揺があったとして、それを抑えることが
できなかったことも自身の問題となる(自分がチームリーダーかどうかはこの際どうでもいい)。
ここで勘違いしてはいけないのがみんなの分までヘコみ、傷つけばよいということではない。
後悔という時間は人ならば必ず存在するものの、そこに多くのエネルギーを割くのは非効率的と
言わざるを得ない。
後悔するほどの強い感情があるならそれを動力として、具体的な対策や戦術を考えて見出すべきである。
後悔の念にとらわれるということは「あの時ああすればよかった」という発見でもあり、
それを感情が熱い内に練成して「技」として留めておくことが肝要である。
勝利、それは全ての責任を自ら背負い、その上で学び考え、成長することも指す。
勝ちにこだわることこそ人はより強く輝く。
自分自身に勝つ、その勝ちにこだわる俺の道。
人生、そこに目的や目標なんてものを子供の頃には持つことはなかった。
大人になったら何になりたい?という質問にまともに答えられた記憶も無い。
中学高校大学生になってもそれは変わらなかった。
しかし夢や目標はなくても、心を折る現実は巻き起こる。
俺自身、自分自身をがっかりさせることが数多くあり、弱さばかりを見せ付けられて自分が嫌いになりかけた。
だがどうだろう、その弱さによってそこから立ち上がることを選び、
それを支えてくれた人々に感謝の念をきちんと抱き、
尚成長したいという気持ちを浮きぼらせることができた。
世の中の、自分の周りに起こり得る全てのことが俺に成長を促し、強い人間にさせてくれると思えるほどに
なった。
ともすればそれは弱さという概念の否定にもなるが、弱さってのは強さの中に組する大きな要素のように思う。
弱さを自覚し、それに向き合い、どうすればいいのかを向上心をもたず受け入れることは、それはそれは怖い事だと思う。本当の意味で自分に負けたら実際に死んでしまうかもしれない。
事実それで死んでる人もいる。
初めから弱さというものが強さの布石と体感して、成長の喜びとすることができる人はいいかもしれない。
でも俺には最初からそれが備わっていることはなくて、自分自身に期待できることもなく、具体的には不眠症に悩まされて、頭の中で無価値人間であることを証明するための屁理屈が繰り返し繰り返し・・・
ただ、そうした中で人は二極化するんだろうか、「鬱」というものにはならなかった。
代わりに「生きたい」、というより「勝ちたい」という感情が強く芽吹き始めて、「何に勝ちたい?」という問いに
派生し、
「自分自身に!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
と自認したところから俺の中の何かがスパークした。
人のことをどうのこうの言ったり命令したいと思うより、まず自分自身が強くあれば解決する事の多さを知った。
人は人に親切にしたり、譲ったり、優しくしたりを単なる善意の行動だと思うんだろうか?
俺は少し違う。
自分が強いから親切にする心の余裕がある、譲って多少の不利を自分が被っても挽回できる自信がある、
人に優しくしないことは自分にとってあまりいいことがないことを知っている見識がある。
つまり強さを持とうとすればこその行為だと俺は考える。
そして強さを求めるにあたり避けて通れないのが「弱さ」。
人の心は弱く、自分自身を強く否定するようなことは現実避けて通れない。
理想とする行動があっても、自分にとって正しいルールがあっても必ずそれができるとは限らない。
別にそれが恥ずべき汚点ではない、人であるなら必然のことなのだから。
なのに弱った心を守ろうとして他人を傷つけたり、自分を傷つけながら更に自分を貶める。
そう、それが弱さ。
さて、こうした概念の中で生まれた良いものがあった。
それはより努力してる人や、自分自身が向上心に満ち溢れている時に見る景色、
いや、その時に目に映る全ての事に感動し、美しさを感じる感性が生まれた。
「強さ」を求めること、それはすなわち人の究極、人としての安らぎがあるのではないだろうか?
美しいものを曇りない気持ち、目でみるためにはその人もまた輝きを放つ必要がある。
難しいが心地良い人生の道。
そこで感じたことを添削無しで裏表なく直球で書き連ねたい。
