「ここが僕んち、どうぞ」
狭い石畳の上をヒールで歩くこと20分
目の前にあるのは3階建てのレンガ作りの家
壁からは雑草がところどころはえていて
門は開くと今にもはずれそうな音がしたわ
雨戸の木は端が腐ってる
中は少ししめっぽくて
すぐ横に事務所みたいな部屋がある
「お客?」
と大きな声を出して少年にたずねるのは
昨日少年を迎えにきたおばさん
でっぷりとしてるのに
傍にいる数人の子どもたちの体系とつりあわなくて
なんだかとても違和感がある
「うん」
少年がそう叫ぶような声を出すと
おばさんが寄ってきた
紙とペンを置かれ
カウンターで名前を書かされる
私が書いた名前の上にも6人
名前や住所
時に希望の子どもを書いてある…
名前だけ書いている人もいたから
名前だけ書いて彼のあとをついていこうとした
おばさんが紙をとりにカウンターの中から外に出てきた
私はぎょっとしてしまったわ
そのおばさんの服、靴、ベルト
それらは全てハイブランドと呼ばれるに相応しいものだったの
ドルチェ&ガッバーナのニットに
ジョルジオアルマーニの3重ネックレス
パンツはシャネルときて
ブーティーはプラダのしかもパイソンときた
少年に目をやると
アディダスのdが半分消えているようなパーカーを着ている
…
紙を渡して
私は少年の後をついていく
石の階段を登って右に
ずっと歩いて角から2つめの扉を開けると
4畳半くらいの部屋に2段ベットが1つ
机と潰れそうな本棚が1つ
床にはたくさんの紙が散乱してる
「ちょっと待って」
紙を丁寧にかたずけて
私は2段ベットの1段目に腰掛けた
近くで床に散らばった紙をみると
それらは全てデザイン画
部屋を見渡すと、壁に雑誌の表紙がはってあって
机の上にはぼろぼろのジョルジオアルマーニの本が
ゴールドに輝く本だけど、表紙が少し破れてる
本棚にあるのは本じゃなくて
ぼろぼろのスケッチブックや紙のかたまり
まばらな大きさの色の違う紙が
紐で縛られてる
「毎日書いてるんだ」
少年は得意げにそういって
一冊のいびつな冊子を私に手渡してきたの
ページを開くと
ドレスのデザイン画の上に
壊れた機械の小さな部品が張られたドレスのデザインや
16世紀のフランスのファッションに近いドレスのデザイン画
どれもこれも
全く見たことのないようなドレスばっかりの冊子だったのよ
創造性
うん
彼には創造性がある
「僕、デザイナーになれると思う?」
私が無言でただただ冊子に心を奪われたように
食い入ってみていると少年が不安げに聞いてきた
「あなたみたいな人から見たら、僕のデザインってどう思う?」
私はとっさに素晴らしいわと、言ったの
熱いものがこみ上げてきて
マドンナからのスカーフを見た時のような
感動に近い
衝撃に近い感情が出て
言葉を発しようとした時に
「また資源のムダ使いしてる」
と
耳の鼓膜が破れるわよ
というようなでかい声がした
勿論この台詞は私じゃない
振り向くとさっきのおばさんがいた
「ごめんなさいねぇ、この子って少し頭がおかしいの
まったく
こんなゴミばっかり溜め込んでどうする気?
あーあ
資源のムダムダ
紙も鉛筆も
タダじゃないんだからね!」
唖然としてる私を通り越して
おばさんは少年を叱りだした
「そんなことしてる時間あるなら
少しは物乞いでもしたらどうだい
他の子はしてるのに
あんただけしないから、暖房も
あんたの部屋にはつけてあげないからね」
分かってるよ
と少年が言うと
おばさんは出て行った
ドアの向こうで
誰かを褒めている声がする
「あーら
昨日からいないと思ったら
沢山稼いだじゃないの
48ユーロかい
明日も頑張っといでよ
暖房、つけてあげるからね」
声がどんどん小さくなる
「いつものことだから、気にしないで」
少年の声がする
何で無言なの?
言い返せばよかったかもしれない
これをゴミだと言うほうがおかしいって
子どもの物乞いさせてまで
何であんたはそんな服を着てるんだって
でも
そう言う前に
あまりにもびっくりして
今までの環境の中では見たことのない
悲しいような
苛立ちのような
そんなものを痛感して
私はいつの間にか泣いてしまったよう
「泣かないでよ、レディを泣かすなんてこの国じゃ
男失格なんだからさ」
私を笑わそうとする
少年の台詞に
私はもっと泣いてしまった
私が泣き止んで
少年を照れくさそうにみながら
ごめんね、と言うと
少年も微笑んでくれた
「僕はまだ名前がないんだ」
微笑みながらそんなことを言う
「ジョルジオアルマーニみたいに
世界中で
僕の名前が呼ばれるようなデザイナーになりたいんだ
僕の名前の服をつくって
沢山の人に着て欲しいんだ」
それから
私は少年とずっと
4時間くらい話をした
全てデザイナーの話や
素材の話や
デザインの話や
少年が拾ってきた古いファッション誌の話や
机にあったジョルジオアルマーニの本の話
その本は
ずいぶん昔
その孤児院に来た時に
無名で彼に送られた本だと言う
そんな話をしていると
日は暮れだして
私は帰ることにした
少年からもらった
色とりどりの紙を持って
少年に手を振って
足早にホテルへ帰った
このままにはしておけない
マドンナに帰りのタクシーで電話をした
その後
韓国の旅で知り合った
あのロンドンのマダムと
ローマに住む私の友人
モナコに住む友人に電話をかけまくった
事情を話し終えるまでに
そのうち2人はミラノへ向かってくれることになった
未来のデザイナーのために