モデルの美青年と言葉を交わして

お互いの連絡先を交わす

そしてようやく








彼の手渡してくれたラブレターを

開けることにしたの














ゴールドの封筒は少し小さく

中にはメッセージカードほどの大きさの紙があったわ

少し甘い香りもする

メッセージカードは真っ白

そこにも右端に3つ

小さなスワロが輝いてる

彼の名刺だったわ










…?

















とりあえず

私はそこに書かれた場所に行くことにしたわ

彼の名刺の裏に走り書きをされている場所

















背筋を伸ばして

優美に



















着いた先はバルマンのアトリエ

しばらくアトリエの前でうろうろして

立ち止まって

私は古い建物の中に入ったわ














そこには既に数人のバイヤー達がいた

ロビーのような所で

皆がこぞって来期の展示会の話をしている

私が中に入ると

1人のスタッフが歩み寄ってきた

私は彼にもらったラブレターを見せる

しかめっ面をしていた彼女が

急ににこやかな表情になった












数人のバイヤーより先に

私は奥の部屋に通された

私のうしろではブーイングの嵐

でも










知ったこっちゃないわね














彼のくれたラブレター

それは推薦書













私は誰よりも早く素敵なアイテムを知りたい

触れたい

その想いは今回はどうやら叶いそう











奥まった部屋

そこでアンティークものの古いバイオリン色のデスクに

豪華なレザーのチェアにゆったりと腰掛ける

笑顔で迎え入れてくれた紳士

未発売の

バルマンのジャケットを着ている

それは以前どこかで見た

マイケルジャクソンと同じジャケットだったわ









「君がしぶとい日本人かな」










微笑まれてそんなような事を言われた











「あいつが誰かを助けるなんて珍しいよ」












そう言いながら

彼は1枚の紙を差し出した














それは1部の展示会の入場許可の書類

大きく1と書かれた数字は

目に焼きついたわ
















「君のカスタマはどんな人らだい?」

彼におっとり聞かれて

私は話すの

本当にファッションが好きで

本物の似合う人間ばかりだと

優美で

本物のセレブだと

傲慢な人間は一人もいない

ただ

純粋にファッションが好きなだけだと


















そこまで言うと

彼は1部入場の書類を
























破きだした





















何か変なニュアンスで伝えちゃったかしら














テーブルの上にあった

バカラの灰皿で

その紙は燃やされだした



















「君にこんなものは必要ないだろう」



















ついてきなさい

そう言う彼の後ろをついていくと

小さな部屋に案内された

所狭しとバルマンの服が並んでる

アトリエでもない

ここは…?


















アトリエと展示会の間のような役割の場所

だそう

展示会に並ぶ前の最終チェックをする部屋

中にはプロトタイプといって

商品化されないものもある












「悪いがアトリエの中に初心者を入れるわけにはいかない」










でも…

そう彼が続けたわ











「君をただの展示会に入れるだけというのも面白くない」
















そう言って微笑んだ彼の笑顔を

私は今も忘れないわ














もし君が

彼が続ける








もし君が10年後もこの世界にいたら

君にはアトリエの全てを紹介してもいい















その言葉を刻まれた

彼の名刺の裏は

表の彼の地位や権威よりも私にとっては強力なものになる


















こうして私は最初のバルマンのふくたちでつづった

紹介したアイテムを手に取り

買うことができた







展示会の前の

小さな部屋で思う存分メモをして

2日徹夜して

スタッフに起こされた時には体のいたるところが痛くなってる

時にデザイナーの卵の話も聞きながら

家族の話も聞きながら

恋人の話もしながら

来期のコレクションの話をしながら

時にお気に入りのお店でランチをしながら

そんな仕入れができるようになったの
















私が帰国する頃に

ようやく他のバイヤーは展示会に入る

そこには

ないものもあるでしょう

プロトタイプ

これは実に興味深いわ

オートクチュールだもの














でも

それよりも私に与えてくれるものは

何よりも時間

沢山のプロから教わる言葉

仕組みや形

デザイン

素材の細部にいたるまでを知る時間は何よりも貴重













私は10年後の約束をエルメスのスカーフに縫ったわ

首に巻いていたエルメスのスカーフをとって














大判の淡いグリーンのエルメスのスカーフ

淵の無地のところに私は白い糸を縫ったの












10年後

私はもっとファッションが大好きになって

あなたに会いにくる

その時まで私を忘れないで














エルメスのスカーフを約束の印として

彼に贈ったの















「君はイカれてるよ」

大笑いする彼と大笑いするスタッフを見たわ











そしてお返しに

彼がしていたバルマンの未発売のスカーフに

彼が刻印をしたわ














10年後

僕は楽しみに君を待つ

















私は彼とスカーフの交換をして

パリを後にした














契約書でもなく

ボイスレコーダーでもなく












ただ1枚のスカーフを持って