後日

私は彼女のボスに呼ばれた

そこは私の泊まっているホテルのすぐそばのカフェ








穏やかなカフェの片隅

物腰の柔らかそうな男性がゆったり寛いでいる

「ボンジュー、マダーム」

「ボンジュー」

私は彼の前に座った

その日はヴァレンティノガラバーニのライトグレーのニット

先日のシャネルで買ったネックレス3連×2

ディオールオムの黒のパンツに

グレーのケリー

ネックレスとおそろいのメタルブラックのパンプス

これはドルチェ&ガッバーナ

そんな私を見て
















「君は昔、デザイナーだったの?」



穏やかに尋ねられた







「デザイナー???」

尋ね返すのはもちろん私である













「失礼、何か服飾の仕事をしていたのかい?学校とかさ」



















私はその時まだ大学生

甲南女子大学という噂通りのお嬢様大学で

単位に追いかけられている学生

教育は好きだけれど

ファッションほどのめりこめなかった

服飾の知識は

全て各国のプロからただ

盗んだもの

それだけ















「いえ、今は学生ですし専門知識を大学で学んでいるわけではありません」




















私はきっぱり言ったわ

だって

そんな所で嘘ついても仕方ないわ

それならどこか日本の財閥の娘とか言って

最初から乗り込んでるわよ





















「素材やパターン画の組み立て、シルエット、専門用語

それは各国にいるプロから教わりました」






コンタクトが少し乾く

テーブルにおかれたショコラが少しかすむ














「ただファッションが好きなだけです。これといった学歴も

経歴もありませんが…この方たちに支えられました」














私はカバンからまだ画面がモノクロの携帯を取り出した

99ユーロで購入した携帯

今の日本では考えられないけど

まだ

イタリアの携帯は白黒、単音が多い













アドレスを開く

そこには18歳で初めてパリという国で

ただ本物のケリーが見たくてケリーを買うためのお金を

つっこんだ時に知り合った人

親に勘当されてまで飛び出した国で知り合った人

アトリエで私を気に入ってくれた人

直営店

ただ私に興味を持った人

タクシーでひたすらフランス語をゆっくり教えてくれたおじちゃん

展示会で知り合った異国のバイヤー

アトリエで私を気に入ったデザイナーの卵やデザイナー

怖そうな70歳の帽子作りの職人のおじいちゃん

展示会で知り合った異国のモデル

自分の親しい人に紹介してもらった各国の貿易、繊維業の人

ホテルのラウンジ、空港のラウンジで

とにかく自分が優美だと思って声をかけたマダムたち

初めてビジネスクラスに乗った時

声をかけた異国のスチュワーデスさんたち












沢山の

本当に沢山の人のおかげで

私はファッションの知識を身につけさせてもらったの

これからも同じ

私は本で学び

人から学ぶの
















「君は将来、何になりたいの?」






















世界一のバイヤー?

ううん

そんな単純なものじゃないわ

本物を本当に理解してくれる人のバイヤーでいたい

でも

もっと大きな将来

漠然としてるけど

ただ、私は






















「ファッションの中で生き続けたいわ」

















ショコラを口にほおばった

ほのかに苦みのあるトリュフは口いっぱい広がる


















「この世界は華やかなようだけど甘くはないよ。

そのショコラみたいにね」







まっすぐ私を見つめるその目は少し怖い
















でも

どこの世界も同じでしょ?

ただ甘いだけの生活だったら

それこそ飽きてしまいそう

ショコラを噛むと苦さと甘さが混ざって

飲み込むと最後に甘い香りでいっぱいになったわ


















人種差別があろうが

日本という国がまだ認められていなかろうが

私はファッションの世界に入りたいわ











まっすぐ彼に言うと

彼は急に笑い出した
















「元気なバイヤーさんだ」


















彼が1枚の紙を取り出した

それにサインをして封筒に入れ

私に渡した



















「僕から君へのラブレターだね」














彼はそういうと

颯爽と会計を済ませて

私に手を振りながら店を後にした














その時

テーブルにキレイな長い手が置かれた

上を見上げると北欧系の美男子

思わず見とれてしまったわ







「僕もファッションが大好きなんだ、僕はモデルをしてる

君は???」












微笑む彼にクラッとしない女はいない














私?





私は












「日本人の本物のバイヤーよ」











よろしくと

微笑んだ

















まだどのバイヤーもイタリア、フランスの

ファッション業界にその名を残してる人はいない

裏方だもの

でも

もし

もし












そんな淡い期待をしながら

私は彼と言葉を交わす











この彼

その時は知らないけど

2年後にはミラノコレクションでグッチのモデルとして




活躍することになる
















そんなことも2人とも知らず

私たちはファッションについて語り合えた

















小さい花が開花する





苦さも秘めた甘い蜜をもった花が