私の趣味は海外旅行。
行くのはほぼ東南~南アジア限定ですが。
最初にインドに行ったのがもう25年前になるので驚きです((゚m゚;)
初めての海外旅行だったので、なーんにもわからず行きました。
一度くらい東京のインド料理屋へ行っておけばよかったのですが、
そんな事もせず、初めてインド料理を食べたのもインド。
点滴を初めて打ったのもインド。
海外も初めてだったので、無駄に過保護な家庭だったので個人旅行なんて許してもらえず、ツアーで行きました。
宿泊は、もう二度と泊まれないんじゃないかと思うようなマハラジャの豪邸を改装したホテルとか、当時の5つ星ホテルばかり。
なのに、何も覚えていません…
なぜなら着いて3日目にはぶっ倒れ、意識は朦朧。
スパイシーフードは受け付けず、レストランに入っただけでえずく。
果物やビスケット以外は何も食べられず。生れて初めて点滴3本打ちました。
目的はタージマハルが見たい
ただそれだけでした。
1年半もお金を貯めてやっと行ったのに、マハラジャホテルのメインダイニングでのディナーも食べられず、どんな部屋に泊まったかも覚えておらず、自由にインドの町中を歩けるわけでもなく
一体何のために友達の誘いも断り、少ない給料のほとんどをこのために貯めてきたのか
と悔しくなるほどの初インドでした。
タージマハルは見られたけれど、写真と同じなのであっけなく終わりました。
残念ながらそれ以来、建造物にあまり興味がなくなりました。
そして、また1年お金を貯めて次は念願の個人旅行です。
当時は「バックパッカー」なんて言葉も知りませんでした。
ネットなんてない時代。
格安航空券を手に入れるのも超アナログで、1軒ずつ旅行会社に電話して価格を聞いて回るのです。
当時は季刊誌で「格安航空券ガイド」という本が出ていたので、それを頼りに探し回りました。
そして見つけました。
ビーマンバングラデシュ航空 バンコク―成田 往復55,000円
今はもう日本に就航していないビーマンバングラデシュ航空。
バングラデシュの国営航空会社。
取り柄は安さのみ。
私は好きでしたけど、おおむね日本人からの評判は悪い航空会社で、いつの間にか日本発着路線が無くなっていました。
さすがに一人では怖かったので、仲間を日本で募りました。
またまたアナログで、ABロードという旅行雑誌に「ツアーメイト募集」という欄があったのです。
そこに載せると、編集部さんの方で手紙を預かり私に転送してくれました。
有難いシステムでした。
そしてそこで出会った方と一緒に旅に出る事に。
そして90年代の私の旅は殆どこの時の相方とする事となりました。
今でもそのABロードで出会った方々との交流は続いています。
さて、なぜにインドに行くのにチケットはバンコク成田なのか?
答えは、バンコクでインド行を買った方が安い
という時代でした。
というわけで、英語もロクにできないのに初めてのバンコクで初めて海外発券の航空券を手に入れて、インドに再度挑む事になりました。
ちなみに、タイから一番近いインドはコルカタで、往復2万円もしないで行けるのです。
それは20数年前から現在も変わっていません。フライトも1時間ちょっとです。
魔都ともいわれたカルカッタ(コルカタ)INとは、怖いもの知らずです。
タイには約2週間滞在しました。
あまり好きにはなれませんでした。
最後の夜に大怪我をする事件があり、さらにタイが嫌いになりました。
右手に包帯ぐるぐる巻きで降り立ったコルカタの空港。
あの時の緊張は今でも忘れられません。
そしてこれまで生きてきた中で、常識と思っていた全てが根底から覆される42日間が始まりました。
地を這うような過酷な旅でした。
滞在中の三分の一は夜行列車で夜を過ごし、どこへ行くのかよく解らないままローカルバスに揺られ奇跡的に目的地にたどり着き、行く先々で騙され、
全身の細胞が短期で入れ替わったのではないかと思う程、毎週高熱を出し、吐き、出しまくりました。毎日がデトックスです。
しかしその横で、相方は便秘薬を飲んでいました・・・(^_^;)
最後にたどり着いたのは、今でもあまり日本人に知られていない西の小さな島。
そして旅の最後には48時間列車に揺られ、西から東へ大移動。
「やっと明日の朝にはこの地獄ともおさらばだよ!」
と思ったら出国日の朝にはインド各地で暴動勃発。
ほぼ内戦と言って良い状態で、飛行機なんて飛ばしている場合ではありませんでした。。(´д`lll)
街の高級エリアの商店は破壊、略奪され、普段は大渋滞のコルカタのメインストリートを歩く人は誰もいなくて、静まり返っていました。
幸か不幸か(不幸です)2週間も出国できず、ビザは2度切れ、そのたびに外国人登録所へ行ってビザ延長をし、航空会社へ行っては
「私たちは何も悪い事をしていない。悪いのはインドだ。だからこのチケットで(別の航空会社のチケット)私たちを乗せなさい」
とインド人張りの理屈を言って、所持していたチケットより格上の航空会社のチケットを手に入れ、やっとの思いで出国。
インドにはコリゴリでした。
二度と行くか!(`・ω・´)
と思いました。
人生とは、何が起こるかわからないものです(;^ω^A
ちなみにこの旅では南インドやスリランカにも行く予定でしたが、見事にコースアウト。
ガンジス河も予定に入れていましたが、いまだに行けたためしがありません。
5回くらいは行こうと思って計画しています。いつか行けるのでしょうか?ベナレス…