あなたの想いを実現させるヴェーダ・セラピー -3ページ目
実はインドから戻ってきた1週間後にはバリ島へ向かう予定でしたが、
帰る事が出来なかったのでキャンセルせざるを得ませんでした。

キャンセルしてから約1年後、念願のバリ島へ行く夢が叶いました。
往復航空券と最初の3泊だけが付いているチケットを買って、2週間の予定でした。

様々な巡り合わせがあってその時出会ったバリ人の一家とは、未だに交流があります。
初バリからしばらく半年~1年に1度はバリ詣でをしていました。
インドネシア語も普段の生活なら困らないくらい話せるようになり、バリの友人達と夜遅くまでUNOをする日々。
「わたしは一体何しにバリに来ているのだろう?」
と、たまに疑問に思う程毎日毎日明け方までUNOをして昼まで寝ていました…
そして帰国3日前位になると、慌てて
「ヒカルは明後日帰るんだ!ねぇ、あそこは行ったっけ?行ってない?今から行こう!」
と、急に忙しくなりました。
まだ今のように派手な賑やかさのなかったクタビーチ周辺で、単純に陽気でおバカな仲間たちと心底リッラクスできる場所で、子供のように遊ぶ。
それが楽しかったのです。日本では経験した事のない解放感でした。
20代半ばまでバリにハマり、10回程行きました。
出国日の朝には必ず熱が出ていました。
これには友人たちも皆、毎回首をかしげていました。
最初の頃こそ心配してくれていましたが、毎回なので4回目くらいからはもう誰も心配などせず
「また熱出た?神様が帰るなって言ってるんじゃない?もっといたら?」
と言われていました。
バリは本当に不思議な島ですから「そういう事もあるよね」と、不思議現象もみんな素直に受け入れます。

もう10数年バリには行っていないので、また友人達に会いたいですね。

次に来たのはタイブームです。
最初のタイは好きではありませんでした。
しかし地獄のようなインドの後のタイは極楽浄土でした。
24時間何らかの屋台が路上にあり、セブンイレブンもあって食べるものに困らないってなんて素晴らしいのだろうと思いました。
インドで足止めされていた時は戒厳令が出ていたので、商店が開いている時間も短く、食料の流通も乏しかったので、レストランへ行っても運が悪ければ売り切れて食いっぱぐれる事もしばしば。
食料の確保もままならず、よくお腹を空かしていました。
当時のインド人やバングラデシュ人は旅行というと布団や調理器具を持って旅する人たちも多かったので、隣の部屋のバングラ家族から食事を分けてもらえた事もありました。
食事が生のダイコンだけという事もありました。でも、何もないよりましでした。
それがきっかけで「食」に対する欲望が目覚めてしまい、食べる事にこだわるようになりました。

インドから戻ってきた後のバンコクは楽しかったです。
朝起きてから寝るまでずっと美味しい物を食べまくりました。

インドで一番壊れたのは衛生観念。
「シャワーを毎日2回浴びているから清潔」
と思っていたので、服装の清潔感という事はきれいさっぱり抜けてしまいました。
日本に戻っても暫くはズレまくっていて修正するのが大変でした。

30代の前半は、3カ月に一度はバンコクへ行きバンコクへ行くと必ずインド人街にも行って、インドのエッセンスを少しだけ注入していましたが、本国へ行く気は起きませんでした。(トラウマ)
美味しい物は逃したくないという訳で、タイ文字だけは必死に覚えました。
今でも屋台のメニューくらいなら読めるようです(笑)

バリやバンコクへ通う合間に、香港、ベトナム、マレーシア、シンガポール、ミャンマー、バングラデシュ、ネパール、オーストラリアに行きました。
ベトナム、マレーシア、ミャンマー、バングラデシュはガイドブックも地図もないまま(もちろんネットの情報などない)行っていますが、それでも何とかなるものですね。

旅に出ている時だけ私は誰の顔色も窺う事なく、自分のために生きていました。
だからどんなに両親に迷惑をかけ(私には何が迷惑か解らなかったですが)、文句を言われようとも、旅を止める事が出来なかったのだと思います。
そして旅の間はいつも幸運が続いていて、盗難や詐欺、その他の危ない目などに遭う事もなくスムーズに何かに助けられるように進んでいた気がします。

インドネシア、ジャワ島のド田舎村(プランバナン寺院群)に行った時の事――
「ヒマだなー。とりあえず散歩に行こう」
と、外に出て5分後にはなぜかバリにいるはずの友人にばったり会って、そのド田舎の滞在も退屈する事なく、しかも安全に過ごすことが出来ましたし、そのド田舎へ行くのもジョグジャカルタの街で知り合った学生が連れて行ってくれて無事にたどり着くことが出来たのです。
インドでパスポートを紛失した時も、いくつもの偶然が重なり3日後には失くしたはずのパスポートが無傷で自分の手に戻ってきました。
何か見えないものに守られているのを旅に出ると感じていました。
しかし日本では、なぜかそんな幸運は起きたことが無いので、とても不思議でした。


毎日が嫌だと思っていたり、体のどこかに常に痛みを感じていたりする、
他人の顔色をうかがって生きている、
自分が楽しく無いと、心もカラダも曇って正しい判断が出来なくなり、ますますどんどん毎日がイヤになります。
私はその無限ループにはまっていました。

アーユルヴェーダがその無限ループから出る術を教えてくれました。
心とカラダをクリアにして、本当の自分に戻り心からの自分の望みを聞く。
今は旅の途中と同じように物事がスムーズに進んでいるのを感じます。
(そういうまとめかいぃぃっという突っ込みもあろうかと思いますが、ホントになのです)