彌生も末の七日、あけぼの空朧々として、月は有明にて光をさまれるものから、富士の峰幽かに見えて、上野・谷中の花の梢、
またいつかはと心細し。
むつまじきかぎりは宵よりつどひて、船に乗りて送る。
千住という所にて舟をあがれば、前途三千里の思ひ胸にふさがりて、幻の巷に離別の涙をそゝぐ。
行く春や鳥鳴き魚の目は涙
これを矢立の初めとして、行く道なほ進まず。
人々は途中に立ち並びて、うしろ影の見ゆるまではと見送るなるべし。
新校 奥の細道
昭和三十二年三月二十日 第一層刷発行
昭和四十三年四月十日 第十七刷発行
発行所 ㍿白揚社