法善寺横丁の、水かけ不動さんには一日中お参りする人がたえまない。夜遅くまで横丁一帯がにぎわう。親子ほどの年の違う男女が、戯れあうようにネオンの渦にすい込まれていく様子を、ぼんやりと見ていた。
さきほど、立ち飲みの店で、一気に飲んだビールのほろ苦い酔いが心地よく回ってきた所である。男はポケットから五円玉を一枚取り出すと手の中にしっかりと握りしめた。前の人に列び、タイミングをはかる。
狭い境内なので混んでいるときには、お不動さんにかけるバケツの水がからっぽで、二つある予備もからの事がある。
その時自分の順番が回ってきたらかっこがつかない。急いで列を抜け出しからのバケツを両手に、すぐ横にある井戸で、今ではめったに見られなくなった、手こぎ式のポンプで水を汲む。
キーコ キーコ ギーコ ギーコ勢いよくこぐと ギー ギーと、手こぎのポンプが悲鳴をあげる。
ざわめきと、線香のけむりの中で、苔むした不動明王としばしのあいだ、向い合いながら男は今夜の無事を祈るのである。