和菓子屋の御隠居は小学校時代からの友達のミッちゃんとは「コウちゃん、ミッちゃん」と今でも呼び合っている中である。
居酒屋に行ってから3ヶ月も経った頃、御隠居がミッちゃんと一緒に私の店に来た。
「あの店に行きたい。先方に話をして、一緒に行って欲しい」というのだった。あまり気乗りしないまま居酒屋に行くと
「まあ久しぶり、御隠居さんはお元気ですか」と聞かれた。
しぶしぶ御隠居が友人を連れてきたい旨を伝えると、有りがたい、近くの飯場が無くなり、急に暇になった、
「明日にでも来てくれ」という。
それは幸いと御隠居に伝えると3日後、連れのミッちゃんと一緒に行く事になった。
和菓子屋の朝は早い。午前四時にはもち米をときだして作業が始まる。
御隠居の休みは毎週水曜日なので、その前日火曜日がその日に当たっていたので、日時は全く問題は無いのである。
当日夜8時ごろ和菓子工場を覗くと御隠居は一人残ってあんころ餅を作っている。じっと耳を済ますとちいさな声で
「〇ンコ●ンコ、〇ンコ●ンコ」調子を取りながら餅を丸めている。
よほど嬉しいのだろう。女系家族で養子が続いて、御隠居の代で初めて長男が生まれ、その長男も四十半ば、やっと店を任せられるようになった。
さて、約束の時間にはまだ時間があるので、別の居酒屋に入り飲みすぎない様にチビチビとビールを飲んだ。居酒屋が閉まるころには、奈良の町全体が寝静まってしまう。
静かだ、人達がこの町に住んでいるのかと思うくらいである。
御隠居は酒を飲まない下戸であるのに5万円も払ってでも何を見ようかと考えると、おおよそ察しがつく。
さっきの和菓子工場での口ちずさみ、マスクはしているが、
「〇ンコ●ンコ 〇ンコ●ンコ」とつぶやいたのがはっきりと聞き取れた。今夜はかなり期待をしているようだ。
「〇ンコ●ンコ 〇ンコ●ンコ」
従業員が帰ってしまって誰もいない工場で
「〇ンコ●ンコ、〇ンコ●ンコ」の繰り返しである。
あんころ餅を翌日の予定以上を仕上げてしまった。
約束の時間が来た。和菓子屋の御隠居が尋ねてきたのはそれから30分もしないうちからだった。
馬子にも衣装、御隠居の和服姿は何処に行っても恥ずかしくない位だ。待ち合わせの居酒屋からタクシーで5分もかからない例の居酒屋に出かけた。