2つ目の論文は、肝臓移植後のPSC患者さんに特有の症状である再発性急性細菌性胆管炎(Recurrent acute bacterial cholangitis)に対する治療として糞便微生物叢移植を受けた患者さんについてのものです。(※Recurrent acute bacterial cholangitisで検索しても他の論文がヒットしないので、まだ広く認知された症状ではない可能性があります。若しくは逆に、一般的すぎて改めて論文に取り上げる必要性がないほどよくある症状なのか、、、。)

この患者さんは、週に一回合計4週間に渡って、糞便微生物の移植を受け、治療から9ヶ月後には治療開始時6.8あった総ビリルビンが2.0にまで減少し、ALTが128から56へ、ALPが456から214へ、γGTPが332から164まで低下しました。しかし、一年後に胆管炎を再発し、患者さんは再び糞便微生物叢移植の2サイクル目を受ける事を勧められましたが、これを拒否し、肝臓移植を受ける事を選択しました。この時、患者さんの腸内には治療開始時には存在しなかった病原性細菌が存在し、炎症促進性の腸内作用を有し、PSCの原因と成り得るクレブシエラ菌やエンテロコッカス菌が増加していたとのことです。これが糞便微生物叢移植による結果なのか、別の要因によるものなのか、それとも、糞便微生物叢移植の治療効果は短期的な実施では限定的になってしまうのかを明らかにするには更なる研究が必要ということです。


https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6328734


2018年12月28日

原発性硬化性胆管炎における再発性細菌性胆管炎に対する健康なドナーの糞便微生物叢移植 - 単一症例報告

概要

再発性急性細菌性胆管炎は、原発性硬化性胆管炎における肝移植に特有の症状です。我々は、原発性硬化性胆管炎患者における再発性急性細菌性胆管炎の治療に対する健康なドナーの糞便移植の有用性に関する最初の報告を発表します。我々は、再発性胆管炎の改善に関連する腸内細菌叢移植後の肝臓生化学、胆汁酸、細菌群集の顕著な変化を実証します。


導入

原発性硬化性胆管炎(PSC)は、慢性胆管炎症と肝臓内および/または肝臓外の胆管系の線維化を引き起こし、肝硬変、場合によっては胆管系の悪性腫瘍に繋がる、複数の病因機序を持つ稀な疾患です。現在利用可能な標準的な医学療法は全生存期間に利益をもたらさず、依然として肝臓移植(LT)が唯一の治癒的療法のままです。腸内微生物叢は、PSC の病態生理学における中心的な要因として関与してきました。


Tabibianと同僚らは胆道損傷に対する保護における共生微生物叢とその代謝物の重要性を実証し、PSCにおいて微生物叢に基づくバイオマーカーや治療的介入などの将来の指針を示唆しました。


微生物叢がPSCの病因および進行に重要な役割を果たしているという事実は、肝臓の生化学を効果的に改善することが示されているメトロニダゾールやバンコマイシンなどの抗生物質を利用した複数の試験を通じて証明されています。SabinoらはPSC患者の腸内微生物組成を調査し、PSCが炎症性腸疾患とは独立した独特の微生物的特徴を有することを実証しました。これらのデータは、腸内細菌叢の操作が PSC の疾患の進行に潜在的に影響を与える可能性があることを示唆しています。



Dominant stricture(※注7)の有無にかかわらず、集中的な医学的治療に反応しない再発性急性細菌性胆管炎(BC)は、PSC患者における肝臓移植に特有の症状です。私達はここで、PSCに関連した再発性急性細菌性胆管炎(BC)を有する患者さんの新しい臨床的データとメタゲノム(※注8)的データを提示します。

彼は肝臓移植のリストに掲載されていましたが、健康なドナーの糞便微生物叢移植(FMT)後1年間、細菌性胆管炎の症状が改善しました。


(※注7)Dominant stricture とは,径 1.5mm 以下の総胆管狭窄または左右肝管分岐部から 2cm 以内に存在する径 1.0mm以下の肝管狭窄と定義されている



(※注8)メタゲノム: 環境中のゲノムの集合体を指す。便中であれば、宿主・微生物・食物(動物・植物)由来のゲノムの集合体である。



症例報告

炎症性腸疾患を伴わないPSCと診断された38歳の非喫煙者でお酒を全く飲まない男性(炎症性腸疾患は現在の症状の3か月前に大腸内視鏡による粘膜生検で除外された)は、3年間、15 mg/kg/日のウルソデオキシコール酸(UDCA)投与を受けていましたが、 過去 6 か月以内に 3 回細菌性胆管炎を発症し、最後の発症では敗血症性ショックのため集中治療室への入院が必要でした。磁気共鳴胆道造影では、Dominant strictureが存在しない肝臓のセグメント 3、6、および 8 の部分にビーズ状の領域を伴い、左右の肝管における粘膜不規則性が明らかになりました。免疫グロブリン タイプ G4 の血清レベルの検査は正常で、それに関連する全身症状はありませんでした。炭水化物抗原 19-9 のレベルは、胆管炎がなければ正常範囲内であり、胆管癌を示唆する(臓器の)実質または胆管の病変は、続く追跡画像では明らかではありませんでした。



再発性細菌性胆管炎を考慮して、患者は肝臓移植のリストに掲載されました。待機リストに載っている間に、患者は持続性のそう痒症(かゆみスコア 6/10)と黄疸を 3 か月間発症し、4 回目の 細菌性胆管炎の発症を経験しました。過去の3度の細菌性胆管炎発症のうち2度は、それぞれセファロスポリン(※注9)とカルバペネム(※注9)に感受性のある大腸菌菌血症に関連していました。最近の細菌性胆管炎の発症は、リネゾリド(※注9)に感受性のあるエンテロコッカス・フェカリスに関連しており、患者は臨床的な改善を見せました。肝臓移植 待機リストに載っていることに伴う高い死亡率を考慮し、患者とその妻からのインフォームドコンセントを得て、(PSC の疾患の進行に潜在的に影響を与えるため) 健康なドナーからの糞便微生物叢移植による腸内微生物叢の操作が検討されました。標準的な選考手続きの後、患者の甥が潜在的なドナーとして割り出されました。


(注9)セファロスポリン カルバペネム リネゾリド: 抗菌薬の種類


処置の6 時間前に60 グラムの新たに採取した便サンプルを取得し、250 mLの生理食塩水とブレンダーの中で 2 ~ 4 分間均質化しました。200 ミリリットルの漉され、濾過された便を内視鏡を通して患者の十二指腸の 2 番目の部分に送りました。内視鏡による糞便微生物叢移植を週1回、4週間実施しました。この期間中はすべての抗生物質が差し控えられましたが、UDCAは継続されました。


血液生化学、総血清胆汁酸および分画血清胆汁酸、および便微生物群の分析が、ベースライン時、予定された各 糞便微生物叢移植の前、および治療後 1 年の終わりに実施されました。マイクロバイオーム(微生物叢)分析は、標準プロトコルに従って結腸糞便サンプルに対して実施されました。簡潔に言うと、シーケンシングは Illumina MiSeq 次世代シーケンサー (Illumina、カリフォルニア州、米国) (※注10)で実行され、GreenGenes (※注11)データベース (バージョン 13.8) に従って分類学的に分類されました。各細菌群集の種の多様性を記述するためにシャノン多様度指数(※注12)が使用されました。一方でQuantitative Insights into Microbial Ecology (QIIME)(※注13)、Phylogenetic Investigation of Communities by Reconstruction of Unobserved States (PICRUSt)(※注14)、およびKyoto Encyclopedia of Genes and Genomes (KEGG) パスウェイ(※注15)が定量的および定性的な微生物群集とそれぞれの機能経路を確認するために使用されました。


(※注10) シーケンシングとは:

DNA(核酸)を構成する4つの塩基であるアデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)の配列を決定する事。

次世代シーケンサーとは: 

核酸(DNAとRNA)の塩基配列情報を読み取る装置(シーケンサー)の次世代型。塩基配列を大量に読み取ることができる。核酸の塩基配列には、生物やウイルスなどの遺伝情報が記録されている。

MiSeqはイルミナ社のデスクトップ型次世代シーケンサー



(※注11)GreenGenes:

キメラスクリーニング、標準アラインメント、および複数の公表された分類学を使用して系統学的分類を提供する16S rRNA 遺伝子データベースです。マイクロアレイ、プロトコール、シーケンス、文献、タキソノミー概要などの情報がダウンロードできます。


(※注12)シャノン多様度指数:

生物の群集の豊かさを表すのに、群集の中での種ごとの個体数の配分という考え方を多様度指数といいます。

シャノン・ウィナーの多様度指数は 種数が多く、均等度が高いほど値も大きくなります。

自然環境では0.5~3.5の値をとることが多いです


(※注13)

QIIME (標準的には「チャイム」と発音されます) は、この分野で標準となっている多くのサードパーティ ツールを統合する、微生物群集分析を実行するためのパイプラインです。QIIME は、ラップトップ、スーパーコンピュータ、およびマルチコア デスクトップなどの中間システム上で実行できます。


(※注14)

PICRUSt (「パイクラスト」と発音) は、マーカー遺伝子 (16S rRNA など) の調査と完全なゲノムからメタゲノムの機能内容を予測するように設計されたバイオインフォマティクス ソフトウェア パッケージです。

PICRUSt はGPLに基づいて無料で利用できます。



(※注15)

KEGG(Kyoto Encyclopedia of Genes and Genomes:日本語では「京都遺伝子ゲノム百科事典」の意味)は、遺伝子やタンパク質、代謝、シグナル伝達などの分子間ネットワークに関する情報を統合したデータベースであり、バイオインフォマティクス研究(注16)に利用される。このデータベースは、細胞レベルでの生命システムの機能に関する知識を、分子間相互作用ネットワーク(代謝、シグナル伝達、遺伝情報等)の二項関係に基づいた情報としてデータベース化し (PATHWAY)、これを中心に据えているのが特徴である。さらに遺伝子カタログ情報 (GENES)、既知のタンパク質間の配列相同性情報 (SSDB)、機能的類似性情報 (KO)、生体関連化学物質に関する情報 (LIGAND) などに関する各データベースを統合し、単なるカタログ的データベースではなく、生命の設計図を構築するための知識ベースを目指している。


(※注16)バイオインフォマティクス:

バイオインフォマティクスはその名の通り、バイオ(生物学)とインフォマティクス(情報学)という2つの学問分野の接点にある、学際的学問分野である(図2)。大まかに言えば、対象が何らかの生命現象で手段が情報処理であるような分野である。



患者さんは、糞便微生物叢移植の3 回目と4 回目の期間の後にそれぞれ熱と黄疸が無い状態になり、1 年後までその状態が続きました。そう痒は、糞便微生物叢移植後 6週間まで悪化し (最大スコア 8/10)、その後 許容可能レベル (2/10) まで着実に減少しました。ベースラインから見ると特徴的な細菌群集とその機能の変化に関連した、肝機能の顕著な改善 (表1) および循環総胆汁酸と有毒胆汁酸 (表2)の顕著な改善が注目されました。ベースラインでは、プロテオバクテリア門(※注17)の相対量は患者の方が高かったが、バクテロイデスとアクチノバクテリア門(放線菌門)は健康なドナーの方が多かったです。ビフィドバクテリウム属コプロコッカス属、メガモナス属、およびバクテロイデス属はベースラインでドナーがより高かったが、エンテロバクター属、カテニバクテリウム属、およびダイアリスター属はベースラインで患者がより高かったことが注目されました。糞便微生物叢移植の期間中、プロテオバクテリア門の相対量の減少と、それに伴うバクテロイデテス門およびファーミクテス門の増加という顕著な変化が見られました。属レベルでは、ドナーで優勢だった細菌(バクテロイデス、メガモナス、ビフィドバクテリウム)が患者の糞便微生物叢移植中に増加し、ベースラインでは存在しなかった種(クロストリジウム、ベイヨネラ)が出現しました。ベースライン時に患者に存在していたいくつかの種(フェカリバクテリウム、オシロプシラ、ラクノスピラ)は、4週間の糞便微生物叢移植終了時には完全に消失していました。



(※注17)門:

生物分類学的階級の一つ。

界・門・綱・目・科・属・種の階級がある。私たちヒト(=Homo sapiens、1758年にリンネ(Linnaeus)が考案)という生物を生物分類の階級にしたがって表現すると、動物[界]脊索動物[門]哺乳[綱]サル[目]ヒト[科]ヒト[属]ヒト(sapiens)[種]となる。以下のサイトが生物分類学的階級について詳しいので、興味がある方は参考になさって下さい。




また、人の腸内細菌の門は大きく分けて

Firmicutes門、Bacteroidetes門、Proteobacteria門、Actinobacteria門の4つの門に分類されます。



表1


原発性硬化性胆管炎および再発性細菌性胆管炎を患う患者における、ベースライン時、糞便微生物叢移植中および移植完了後の肝機能検査値










(※注18)

肝機能検査項目の1つにプロトロンビン時間(PT)があり、その値から国際標準化比(INR)を算出します。PTとINRは、どちらも血液が凝固するのにかかる時間に基づく指標です(肝臓では、血液凝固因子と呼ばれる血液凝固に必要なタンパク質のいくつかが合成されます)。PTまたはINRの異常値は、急性または慢性肝疾患の存在を示している可能性があります。急性または慢性肝疾患がある人では、PTまたはINRの高値は、一般的には 肝不全への進行を意味します。


表2

原発性硬化性胆管炎および再発性細菌性胆管炎を患う患者における、ベースライン時、糞便微生物叢移植中および移植完了後の総胆汁酸および分画胆汁酸





【3/3】PSCに対する新しい治療法として糞便微生物叢移植(FMT)の研究が進行中
へ続く