15日、参院決算委員会で立憲の古賀千景参院議員が自身の経験から「自衛隊に行く子供たちって、経済的に厳しい子供たちが行くんですよ。豊かな子供たちは、自衛隊とかなりませんよ」発言が批判されている。

 

6月18日、週刊女性PRIME配信。

「身内に甘すぎる」立憲・古賀千景議員の自衛隊”不適切発言”衝撃の処分内容に国民憤慨の記事。

15日の参院決算委員会での古賀議員の発言を巡り、見出しによると古賀議員への<衝撃的処分内容>を含めて国民が憤慨しているとか。

 

古賀議員の決算委員会での発言の一部を改めて読んで見る。

「防衛相が作成した子供向け冊子『丸わかり!日本の防衛~初めての防衛白書』」についての質問の中で、

約30年にわたって小中学校に勤務してきた古賀氏自身の経験から、”私も教えた子が一杯自衛隊にいるんです。いっぱい苦しんでいますよ”として、自衛隊に入隊した子供たちが何かに苦しんでいると訴え、さらに続けて、”自衛隊に行く子供たちって、経済的に厳しい子供たちが行くんですよ豊かな子供たちは、自衛隊とかになりませんよ”と断言。

 古賀氏の発言(偏見)に場がざわつき、古賀議員が「失礼しました。訂正します」と述べたが、小泉防衛大臣は”事実誤認だ”と強く反論したという。

 

 

時代が変わることで人々の認識が変わり、昭和の頃に中高生だった国会議員の記憶、あるいは環境が貧乏でなかったことで当時の状況が理解できず、”差別的発言”と捉えてしまうことに”時代の無知”を観る。

特に小泉大臣。あなたは自衛隊員の環境について、歴史を通じて自衛隊員の環境の変化について一番詳しくなければならない立場にあるのでは?

 

昭和の時代、私の周りにも経済的に上の学校に行けず、自衛隊に入った子がいた。当時、それほど珍しいことではなかった。「貧乏」が普通だった時代のせいなのかもしれない。たとえ自衛隊に入らなかったとしても、当時の子供たちは親の状況を見て自身の進路を決めていたように思う。それが決して屈辱的な事でもなく当然のことだったように思う。親の苦労を知っている子供として。

現在のように子供が王様ではなかった時代、たとえ恵まれた環境に無くても子供たちは夫々の人生の中で努力し応分のいわゆる出世(自身を活かす)を果たしていた。現在のように金持ち、貧乏の尺度だけの人生ではなくもっと自由だったように思う。

 

さらに付け加えると、

昔の親、私の親も含め貧乏=不幸とは捉えておらず、むしろ盗み、ウソをつくなど人としてきちんと成長していないことの方が恥ずかしい、と捉えていたように思う。

自衛隊に行った子もとっても優しい子だった。

貧乏か金持ちでこれほど激怒する人間。みんなが貧乏だったころとは比較にならない。

 

今回の記事。”貧乏”が差別発言として捉える現状は、ある意味生きずらい時代なのかもしれない。

古賀氏を擁護するつもりは全くない。氏がその場で謝ったのもそこにいた議員たちと共通する理解で現実を捉えていたともいえる。

重ねていうが、

貧乏は差別用語なのか?あの頃(みんなが貧乏だった頃)より、現代の方が人々が孤独なのかもしれない。

孤独そのものが差別的状況を生むともいえる。

 

いずれにしても、これだけは変わらない。

「悪いことをして票を稼ぐ」。恥ずべきことで金持ちになる事の方が数倍ハズカシイ。

なんか、私も親に似てきたようだ・・・