おんどとりとHEMSで測ってみよう! -37ページ目

おんどとりとHEMSで測ってみよう!

地元HMで建てたおうちのいろんなことを測ってみます。

今日は、HEMSにも測定にも全然関係のないことを書いてみたいと思います。

このブログを読んでくださる方は、家や太陽光について興味のある方が多いと思います。
お子さんのいらっしゃる方も多いのではないでしょうか?
そんなわけで、子供のおもちゃについての話です。

うちには小学生と幼稚園の子供がいます。
普段は、できるだけおもちゃを買わないようにしていて、誕生日やクリスマスのときに、欲しい物をどーんと一つ買ってあげるようにしています。おもちゃ屋に行ったときに駄々をこねないような子供にしたかったからです(この作戦はわりとうまくいっています)。

さて、この数年で、買ってあげたものはこんな感じです。
・レゴブロック
・戦隊もの(なんとかジャー)のロボット
・仮面ライダーの変身ベルト
・りかちゃん人形
・プラモデル

基本的には本人の欲しい物を買うようにしている(若干の親の誘導があることは否定しません…)のですが、これまで買ってあげた中には、何か違和感を感じるおもちゃもあります。
それは、戦隊ものと仮面ライダーのおもちゃ、いわゆるキャラクターおもちゃです。

大人側の生活がかかっている話なので、あまり言うのもアレですが、テレビを通じておもちゃや映画なんかにお金を払わせる手法には辟易しています。
それも、昔と違って、シリーズ途中で、どんどんアイテムやキャラクターが増殖していきます。
仮面ライダーのベルトにつけるアイテムがあるのですが、全部で何種類あるのか見当もつきません。
そして、そのときはどんなに欲しかったものでも、1年経ったら消費期限切れになります。
このような意味で、子供の(本来の意味での)おもちゃとしては、こういうキャラクターものってどうなのかな~と思います。(おもちゃメーカーに勤める方って、きっと子供やおもちゃが好きだと思うのですが、少なくとも一部の親からこのように思われているのは皮肉なことだと思います)

でも、違和感の理由はそれだけではないのです。
なんとなく、子供たちがキャラクターもののおもちゃを
「買うことで満足」
しているような気がして、それが気に入らなかったのです。
レゴなら、買うだけではなく、少なくとも説明書のとおりに作らないと面白くありません。最終的には、説明書のとおりに作れないほど他のレゴと交じり合って、新しい世界の材料になります。
プラモデルも、作る過程と、(うちの子の場合は、)壊したり、組み替えたりする過程が楽しいようです。
りかちゃん人形は、う~ん、「買って満足」に近いのかな~。
とにかく、その「買うことで満足」あるいは「所有して満足」してしまうように見えるおもちゃに漠然とした違和感を抱いていたのです。

それが、最近読んだ本で、その違和感の正体がわかりました。
読んだのは、内田樹さんの、「下流志向」という本です。
この本のキーワードに「時間的存在」、「無時間的存在」というのがあります。
「時間的存在」というのは、時間軸方向に存在するもの、つまり、何かを学んだり、体験したり、関係を結んだりといったような、なんらかのプロセスを経ないと得ることができないものをいいます。
「無時間的存在」というのは、空間的に存在するもの(哲学者の内田さんらしい表現ですね)、簡単に言えば、買うだけで得ることができるものをいいます。世の中の商品とかサービスとかはほぼこれにあたると内田さんは説明しています。

内田さんいわく、「無時間的存在」として、(本来そうでないものをも)「良い消費者として購入すればよい」という考え方が、勉強しない学生やNEETの原因の一つなのだそうです(私も学生時代を振り返ると大層なことは言えませんけど)。そういえば、一時期、「働いたら負け」みたいな言葉をよく目にしました。それって、消費者的な立場から、労働とその対価のコストパフォーマンスを評価しての言葉だったわけです。

さて、内田さんの言いたいことを誤解していたらすいませんなんですが、この本を読んで、私はピーンときました。
「最近のおもちゃって、無時間的存在ばっかりじゃないの?」
ロボットのおもちゃとか、ミニカーとか、カードとか、さきほど挙げたキャラクターものなど、多くのおもちゃが当てはまります。仮面ライダーベルトも、腰につけてみて、何回かそれらしい満足感に浸って、それで終わりです。

それと比べて、昔のおもちゃ(というか遊び)は、明らかに「時間的」です。
けん玉、竹馬、ベーゴマ、たこ揚げ、メンコ、かるた、すごろく …
どれもこれも、時間をかけて習って、練習しなければ、あるいは、仲間と一緒にしなければ、できないことばかりです。

たぶん、ロボットとか、仮面ライダーベルトも、それが比較的高価だった昭和の昔には、もっと「時間的」だったと思うのです。
なぜなら、高価なので次々と買うことができないし、簡単に買ってもらえないから他の子供から借りたり、みんなで持ち寄ったりしないと遊べなかったからです。そのような状況では、自然と「ごっこ遊び」(大昔からある時間的な遊び方だと思います)になりますからね。決して買って満足して終わりではなかったわけです。

ところが、最近は、少子化の影響もあるんでしょうが、子供たちはたくさんのロボットやキャラクターおもちゃを持っています。そのためか、子供たちの遊び方を見ていると、ごっこ遊びではなく、まるで所有物の品評会をしているかのように見えます。
これって、遊び方が「無時間的」になってしまった証拠ではないでしょうか。

そして、その「無時間的なもの」が行き着く先は、消費社会の「お客様」です。その価値観の悲惨さは、さきほどお話したように、NEETや勉強しない学生の原因であることからも明らかです。
詳しくは内田さんの本を読んでいただきたいと思いますが、私は「お客様」にはなりたくないし、子供にもなって欲しくありません。

というわけで、せめて、うちの子らには「時間的」なおもちゃを与えたいと考える今日この頃です。
まあ、言うは易しで、実際にやるとなるといろいろ問題もあります。
とりあえず、考え付くだけで…
 ・「無時間的」なおもちゃをせがまれたときに買わない理由をどうするか?
 ・ゲーム機はどう扱うべきか?
 ・じいばあが買ってあげると言ったらどうするか?
 ・「免疫」はつくのか?つくのならどの程度与えるのが適切なのか?
などなど。

もしかすると、親が思っているほど心配することはないのかもしれませんが、こんなことを考えるのも人生の中の今しかないんだろうと思って、いろいろ思案しています。

長文を読んでいただきどうもありがとうございました。
最後に、子供へのおもちゃの与え方について、みなさんのお宅で工夫していることを教えていただければ幸いです。