イシク・クル湖:熱い(イシク)湖(クル)
我々の旅は,かつて玄奘三蔵の旅と逆方向を辿った。
タラズ→ビシケク→トクマク(アク・ベシム遺跡)→イシク・クル湖岸の町ハルイクチから東に北岸を進み,リゾート地チョルホン・アタに向かったのである。玄奘三蔵は中国のタクラマカン砂漠のオアシスから天山山脈の峠を越えて,イシク・クル湖に至り,その南岸を経由してハルイクチに至り,我々のコースを逆に通って行った。

イシク・クル湖は標高約1600mに位置し,長さ約182km,幅は最大約70km,面積は6236 ㎢(琵琶湖の約9倍)で,高山湖としても際だった規模を誇り,湖水の透明度は世界第二である。最大深度は668m(ガイドの説明では750m),平均深度は約280mという。磐梯山でいうと頂上付近の標高は1800mなので麓の猪苗代スキー場位の深さがあることになる。湖の名前の通り,キルギスの厳しい冬でも湖水は凍らない。湖底には温泉が湧いているという。湖水は塩分を含んでいる。湖岸には天山山脈本体(南岸)や支脈のイリ・アラタウ山脈(北岸)からの扇状地が発達し,とくに南岸では高さ20m位の湖成段丘が目立つ。北岸の有名なリゾート地チョルホン・アタには,褐色の風化岩盤(亀裂質の粘土質岩か?)が露出する岬と観光用の港がある。夏期になると,観光客が浜辺で湖水浴や日光浴を楽しみ,ヨット競技が行われる。
チョルホン・アタ ヨット競技
イシク・クル湖の成因は,諸資料によると,イシク・クル湖は,約10万年前に氷河の活動によって形成された古代湖で,天山山脈に囲まれた盆地に位置し,豊富な(80以上の)流入河川があるものの流れ出る川がない(内陸湖)のが特徴で,湖底からは中世(13世紀~15世紀)の都市あるいはより古い時代の文明の痕跡が発見されており,地震など地殻変動で湖底に沈んだと考えられているという。一方,正確な時期は科学者にとっても謎のままです。文献では50万年前の新生代(洪積世)にプレートの動きによって地殻に亀裂が生じて形成されたとも考えられています
成因には氷河説,プレートによる地殻運動説があるがどちらが正しそうか?
私が訪れた時観察した数少ない露頭や地形,GoogleMapによる予備調査,あるいは旅行後ネットで調べた地質構造資料から,荒っぽい大枠の成因を考えてみよう。

チュイ川は右手中央から国道A365方面に流下し,直角に手前に流れる。
溢れた水はイシククル方面に流れる。
一方,上流から手前に斜めに分流する川も2本みられる。
まず,旅行中イシク・クル湖は出口がある湖ではないか,と私は疑った。湖の湖岸の町ハル・イシクに沿って,チュイ川が南方から北に向けて扇状地を形成しながら流れている。それが国道A365が走る北岸の扇状地にあたり,流れを直角に西側に変えている。これが一見イシク・クル湖が西に流れ出ているように見える緑地を形成している。しかし,緑地内に残る小川の澪水脈をみるとイシク・クル湖に注いでいるのがGoogleMapでも確認できる。
これらはチュイ川が直角に流れを変えるとき,溢れた水流がイシク・クル湖に向かったのである。ハルイシクの平地には別の流れもあるが,すべてイシク・クル湖に注ぐ。間に明瞭な崖はみえない。すなわち,イシク・クル湖から「流れ出る川」なのです。
チュイ川左岸の河岸段丘堆積物(最下流)
チュイ川の河岸段丘と堆積物
チュイ川左岸の扇状地と堆積物遠景
チュイ川右岸国道A365沿いのローム質層と扇状地堆積物
国道A365は,チュル川に沿って標高1610~1620mの右岸をほぼ東西に走り,ハル・イシク,チョルホン・アタまでほぼ同じ標高を走っている。国道A365 沿いの露頭には,周囲の高山を覆うローム質の地盤とチュイ川下流部の扇状地堆積物がみられた(ほぼ同じ標高のチョルホン・アタでは岩盤である)。下流部は標高1800m以上の山地に囲まれていて,全体に盆地状地形で,さらに下流は北に流れを変えた岩盤の峡谷である。
すなわち,この間にフィヨルド状の幅広の氷河地形はみられないのです。また,中世の都市遺跡は湖底で見つかったとはいえ,扇状地で埋積したごく浅い湖底であろう。深い氷河地形の湖底で中世の都市遺跡が見つかるとは考えられない。
では,地殻変動の場合はどうか。令和7年8月5日14:04にキルギスで発生した地震(マグニチュード3.2,深度0)の震央(青の逆水滴模様)を示した(出典:#20250805_0000337, EMSCのネット情報)。私が本ブログで報告した旅行の約70日後である。図には赤い線で断層線(おそらく活断層)が描かれている。この地震はイシク・クル湖の南西方向にあるNW-SEの方向性の長くて大きな活断層の直近で生じた。この活断層は直線谷と河谷の右ずれ屈曲に現れている。イシク・クル湖の周りにも同種の断層線が表現されている。

イシク・クル湖と2025年8月5日地震(#20250805_0000337, EMSCのネット情報)

イシク・クル湖西部北岸:GoolMapで読み取った扇状地内の活断層(赤線)
因みに湖の西半分の北岸の地形図を見ると,山塊南端と扇状地の境界が2列にわたって直線的に(正断層的に)切られていたり,活断層崖によって扇状地内の山側が低くなっている地形がみられる。
Tapponier et al(1982)によると,アジアの大地殻構造はインド地殻がヒマラヤにぶつかり,チベット高原の隆起をもたらしたもので,そのプレートの力はアジア大陸全体に影響を及ぼしているという(図の白矢印の方向,佐藤正著「地質構造解析20講」P72に載っている)。
最初の地図とTapponier et al 図の左上部分を重ね合わせ合成した図
次図はバルハシ湖と東経80度の線で縮尺と方向を調節して一般の地図に重ね,イシク・クル湖の位置をみたものである。地図法の違いもあってイシク・クル湖の位置が少しずれてあるが,大まかにはあっていると思う。図からイシク・クル湖の東方は北岸のイリ・アラタウ山脈が盛り上がり,南は天山山脈の南麓が潜り込んで天山山脈を形造ったように見える。イシク・クル湖南西にある大きな右ずれ活断層の東側には,ENE-WSW方向に延びる活断層と細長い盆地・山脈の組み合わせからなる「地球のシワ」が4列ほどあるが,このような「シワ」地形は,中央アジアの山地にはよく観察される。
以上,外国旅行の惚け防止に,イシク・クル湖はこのような地形のシワの凹部にできた湖ではないかと,おおまかに考えた。
おわり









