さすらいコーチングという言葉に込められた想いは・・・
発することが出来ずにいた言葉・・・
共有される事のなかった想い・・・
苦しみの中にあっても見出された一筋の光・・・
こころとは裏腹に繰り出される言動と隠された想い・・・
忘れられた、仕舞われたままの想いや言葉を
苦しみを、よろこびを、歩んできた軌跡を
共に向き合い、共にまえを向き、共に在れるよう・・・
そんな特別で独特で、いたって日常的な”場”が
さすらいコーチングで創られるもの・・・
人本来の”姿”
本来の”想い”
本来の”よろこび”を
取り戻すためのキッカケとなることこそが、
さすらいコーチングの価値となるのだろう・・・
ドリアンと共に・・・