千葉県鴨川市の日蓮宗の聖地・清澄山。
この奥地に、明治時代に造られた幻の道が通称「保台清澄連絡道路」です。
保台ダムと清澄を結んでいるこの道は「遠沢新道」あるいは「保台古道」などとも呼ばれ、廃道ファンには割合メジャー?な道なわけですが。
この清澄山奥地の道、何度か行ってみては見つからず失敗してたのですが、今回清澄山の森林を管理する「東大演習林」の博物館が、年に一度の一般公開をするという事なので、見学ついでに再挑戦してみました。

千葉を一周するJR外房線に乗って約二時間。
清澄山にもっとも近い安房天津駅は、一日乗車人数148人の小さな駅です。

さらに森の入り口、清澄寺へバスで30分。

年に一回しかない一般公開日。
清澄の森の植生や歴史が展示されていました。
12:00
では探検に出発。
駐車場のゲートの先が『郷台林道』。
立ち入り禁止区間が多く、千葉県で最も謎多き林道と言われています。
脇から侵入。
あくまで「車両通行止め」で、徒歩で入る分には問題ないようです。
(ただし、自転車とか持ち込むとつまみだされます)
県道82号線を横断する橋を渡って郷台林道へ…
支線の一つ「林道植松線」。
郷台林道にはいくつも支線があり、それぞれに見どころがあったりしますが、今回は無視して先へ進みます。
この郷台林道は、環境省が認定する遊歩道「関東ふれあいの道」の自然歩道に認定されています。
総延長1799kmで。東京都八王子市を起終点に、関東地方の東京都、埼玉県、群馬県、栃木県、茨城県、千葉県、神奈川県の順に1周するそうです。
絶対一周とか無理…
千葉県に熊はいませんが、猪が徘徊しているため、野生動物にも注意が必要です。
ついでに近年山ビルが大量発生し、夏場は油断していると張り付かれて血を吸われます。
今は冬なので大丈夫♪

途中に休憩所もあります。
なかなかに絶景。
江戸時代は番所置く程度には交通が盛んだったんですね。
今は誰ともすれ違いすらしませんが。

怪しい脇道を発見!

脇道にあった古い罠。
その裏手に山中へと延びる道があり…
『片洞門』発見!
※片洞門(かたどうもん):崖をくりぬいて造った「半分トンネル」。
100年前に作られた「保台清澄連絡道路」の入り口に、とうとう到達しました!

振り返って1枚。
かつてこの道は人だけでなく、荷車や馬車も通ったのだとか。

現代の我々にとっては不便極まりない山道ですが、明治の人々にとっては、二つの村の大量の荷物の行き来を可能にした、画期的な道だったのです。

そしてその先に・・・

手堀りのトンネルが出現!

高さおよそ3m、幅2.5m位でしょうか。

将棋の駒のような5角形のトンネルは、「観音堀り」と言われ、明治以降に西洋から入ってきたアーチ型トンネルの前から存在した、日本古来のトンネルの掘削方法なんだそうです。

千葉県はその独特の柔らかい地質によって、日本有数の観音堀りトンネルの産地でもあったりします。

時間が無いので先を急ぎましょう。
こんなところで暗くなるのは勘弁です(;´・ω・)
道の端は結構崩れてはいますが比較的平坦な道で、馬車や荷車が通っていたことを実感できます。
しばらく先へ進むと…
二つ目のトンネルを発見!

さらに抜けた先には・・・

三つめのトンネル出現!

さらに先へ進むと、4つ目のトンネルも出現!

噂に聞く「保台清澄連絡道路」のトンネル群です。
なかなかに壮観。

道の脇の石垣など、見所も満載です。
明治時代、こんな山深くでどれだけの苦労をしてこの道を造ったんでしょうね。
さらに先へ進み、道の森へと歩を進めたのですが…


「保台清澄連絡道路」突入から約40分。
ここから「郷台林道」入口まで、急いで戻っても1時間半…
途中で日没は勘弁なので、残念ながらここで撤収です。
情報によれば、この先には第5、第6のトンネルがあり、やがて沢を抜け、現在は保台ダムに沈んだ『東條村』に到達するらしいのですが…

山を切り開いた「掘割」を最後に転進しました。
40分かけて片洞門へ戻り、再び元の郷台林道へ
16:10
入り口まで戻りました。
最後に清澄寺へお参りして


清澄の大杉と

「極真空手発祥の地」の碑を見学して帰りました。
追記
2017年再訪

地元有志で『保台古道保存会』なるものが結成され、郷台林道からの入り口に看板が掲げられました。
トンネル横に番号を表す標識も付いたようです。
これから観光地として整備するようなので、頑張ってもらいたいですね。
































