この世界に「録音」という技術が生まれたのは今から約1世紀程前の話。最古のものを語ると、このところ連日話題に上がるJ・ブラームスの1889年に録音した自作のハンガリー舞曲第1番などが上がってくる。その録音は録音時の事情と多くの戦争を通過したことによって状態が非常に悪く、現在のハイレベルな復刻技術でも隠せないほどの凄まじいのノイズと共にあるのだが。
今回はそうした古い時代、主に19世紀を生きた1人のピアニストを紹介したいと思う。
人生の大半を19世紀に過ごしたピアニストである。ショパンの没年が1949年であるから、たった1年ではあるが、彼と同じ時を過ごした人間でもあるわけだ。大ピアニスト、F・リストなどはもちろんまだ現役でバリバリ活動中であるし、ブラームスなどはまだ青年期、かの協奏曲第1番も完成していない。パリでは有名な2月革命の年、動乱の真っ只中である。こう考えれば、彼の残した録音はまさにロマン派をまさにその肌で感じ、ロマン派という空気の中でリアルタイムで演奏したものと捉えて間違いあるまい。
彼の得意とする作曲家ではやはりショパンを外すことはできない。
彼の演奏からは、今では考えも及ばないルバート、誇張ではなく本当の意味での羽根のような軽いタッチ、薫り立つような自由な歌い回し、規制されない奔放な即興など、当時ショパン本人はこの様に演奏していたのではないかと思わせる。演奏様式を知る上でもたいへん貴重なものであるとおもうが、そんな事より何よりも、本当に信じられないほど優雅な演奏なのである(ノイズがどうこうという事は最早話の内には入れていない)。
昭和期の日本のクラシック音楽の名評論家、あらえびす氏が著した「名曲決定盤」(中公文庫)の中でもパハマンは格別の評価を与えられている。そこで氏は彼の弾くショパンのソナタ第2番の第3楽章「葬送行進曲」についてこう述べている。
「・・・それは啜(すす)り泣く美しさだ。諦めかけた美しさだ。棺を包む花束が揺れるのを、涙一杯溜めた目で見つめながら尊い賛美歌を聴いている美しさだ。」
これ以上に美しい批評を僕は聞いた事が無い。また氏は、このレコードの為ならば、私の持つ他100枚のレコードを捨て去ってもよいとまで語っている。これを読んだ当時、僕はもう興奮冷めやらず、CD復刻がされていない事を知ってもなお諦めずオークションからレコードを落札し、永久保存するためにMDにまで録音してしまった。
ここ数年のCD復刻作業は目を見張る物がある。あそこまで熱を上げて探したのがたった6,7年前の事だというのに、今ではきちんと復刻され、別レーベルでもはや2枚も確認している。素晴らしいことだ!!
話を戻す。パハマンはピアニストとして勿論有名なのだが、奇人・変人としても非常に有名なのだ。
彼の奇行エピソードは枚挙にいとまが無いが、中でも有名なのは、
・ピアノの弾く上での指の力を高めるために、牛の乳搾りをしていた事。
・牛の乳搾りの際に、なんと牛乳ビンのフタを発明した事。
・夏冬関係なくぼろぼろのコートを身に纏い、「これは当時ショパンが着ていた物だ」といいふらしていた事。
・そのコートが着るに堪えなくなるとまたどこかから古びたコートを見つけ出し、同じことをいいふらしていた事。
・コンサートの時、椅子の高さがどうしても定まらず、いつまでたっても演奏が始まらなかった事。
・ついには会場の観客の1人にプログラムを拝借し、お尻と椅子の間に挟み、やっと満足して演奏を始めた事。
…もうここまで来ると変態(失礼!)といってもいいレベルである。
また、彼は録音時に喋りながら弾く(!)ことでも有名。ノクターン第9番のコーダ、不気味なレチタティーヴォの部分で急に喋りだし、音楽を台無しにしてしまったり(笑)、練習曲作品10 第5番「黒鍵」などに至っては演奏の前にコメントが付されているくせに、数小説弾いた後に気に入らなかったのか「NO!」と叫び、弾きなおしてしまう始末。末尾部の両手オクターブ下降は「ゴドフスキーはこうやってたよ」と言い出し、右手の黒鍵オクターブ下降を「上昇」させてしまう。録音スタッフもさぞ焦っただろう。もう彼のやることには目が離せない!!笑
パ ハ マ ン の 録 音 ![]()
- Fryderyk Chopin, Franz Liszt, Felix Mendelssohn, Robert Schumann, Vladimir de Pachmann
- The Essential Pachmann: 1907-1927, Early and Unissued Recordings
- Johannes Brahms, Fryderyk Chopin, Franz Liszt, Felix Mendelssohn, Joseph Joachim Raff, Robert Schumann, Vladimir de Pachmann
- Pachmann: The Mythic Pianist, 1907-1927
