シンクの食器 ボケの兆候
五十路を目前にした秋の朝だった。
台所のシンクに溜まった昨夜の皿を、杉田は無言で洗っていた。
スポンジが泡を立てる音だけが、静かな部屋に響く。
食器を洗い終わり、トイレに行った。
杉田はトイレから戻ってきて、シンクを覗き込んだ。
そして、まるで初めて見るもののように目を丸くして、ぽつりと言った。
「あっ! 食器、洗ってくれてありがとう!」真顔だった。冗談を言う顔ではなかった。
「……はあ? お前、さっき自分で洗ってたじゃん」俺の声は思ったより低く出た。
健一の表情が一瞬で凍りつき、次の瞬間、感情が溢れ出した。
「やめろよ……そんな冗談、言うのやめろって!」怒鳴るでもなく、震えるような声だった。
目が赤く、どこか怯えているように見えた。
俺は言葉を失った‥マジかよ。
五十歳そこそこで、もう……ボケるのか?それから二人の空気は、目に見えない膜で隔てられたようにぎこちなくなった。
会話は減り、笑い声は消え、互いの気配さえ重荷に感じるようになった。
杉田は昔、輝いていた。高校時代は剣道部の主将で、県大会にも出場した二段の使い手。
さらに英才教育でピアノを習い、武蔵野音楽大学を卒業したという。
若い頃のアルバムを見せながら、彼はどこか得意げに笑ったものだ。
「俺さ、男にも女にもモテたんだぜ」そう言って、色褪せた写真の中の長身の青年を指差した。
白い道着に竹刀を構える姿と、燕尾服でピアノに向かう横顔。
確かに、その頃の彼は眩しかっただろう。
今は違う。リフォーム工事の現場で知り合った頃には、もうホームレス同然だった。
肥満体で、甘いものとジャンクフードが手放せない。
夜中にコンビニ袋を抱えて帰ってくるたび、俺のマンションの冷蔵庫はチョコレートとプリンで埋まっていった。
それでも俺は思った。
いい奴だ、と。根は真面目で、昔の栄光を語るときだけ、少年のような目をしていたから。
でも、同時に苛立つことも多かった。育ちの良さから滲み出る、どこか上から目線の物言い。
「いや、それは違うと思うけどね」と軽く笑いながら言う癖。
俺とは育った世界が違うことを、嫌でも思い知らされた。
そして、あの朝の出来事が引き金になった。ある日、杉田は突然いなくなった。
朝起きたら、部屋に人の気配がなかった。クローゼットは半分空になり、靴箱にはいつものスニーカーが一足もない。
携帯は電源が切れていて、メールも既読にならない。そのまま、一年が過ぎた。今でも時々、あのシンクの食器を思い出す。
そして思う。
あれは、本当にただの「勘違い」だったのだろうか。
それとも、老いが忍び寄る最初の小さな亀裂だったのだろうか。人は老いる。
誰も逃れられない。栄光も、甘い記憶も、いつか泡のように消えていくのかもしれない。
それでも、杉田と過ごした一年は、決して無駄ではなかったと思う。
苛立ちも、笑いも、気まずさも、全部含めて。
人との縁というのは、そういうものだ。五十歳を過ぎてなお、俺はまだ学んでいる。
誰かと一緒にいることの難しさと、
誰かがいなくなった後の静けさの意味を。
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