神から生まれた者は、罪を犯さない。
彼の種は彼の中に留まるからである。
そして彼は罪を犯すことができない。
なぜなら彼は神から生まれた者だからである。
(ヨハネの手紙一 3:9)
シュタイナー博士の意味: この節は道徳的なものではない。
それは存在論的なものである。
それはあなたの行動について語っているのではない。
それはあなたの存在について語っている。
なぜなら人間は一つのものではないからである。
そこには下位の性質がある: 衝動、本能、習慣、反応。 そして
そこには上位の性質がある: キリストの衝動と合一し得る真の「私」。
これらは同じではない。 だからテキストが言うとき: 「彼は罪を犯すことができない」
それは意味しない: あなたが今あるままでは、誤りを犯すことができない。
それは意味する: あなたの中に、目覚めさえすれば、 真理に反して行動することができない
部分がある。
なぜか? それはもはや欲望、恐れ、本能から行動するのではなく、 霊的な現実
そのものとの一致から行動するからである。
しかしここに緊張がある: あなたはまだ完全にそれではない。
あなたの下位の性質はまだ堕落し得る。
あなたの習慣はまだ支配し得る。
あなたの衝動はまだあなたを誤らせ得る。
それでも; あなたの真の存在は無傷のままである。
これが意味するところである: 「彼の種は彼の中に留まる」 本物の霊的な原理、
人間の魂の中に植え付けられたもの。 罪を犯さない力 それはできないからである。
こうして矛盾は消える: あなたは誤って行動し得る、 しかしあなたの本質的に
真であるものは、 その誤りに参加しない。
この節は人間を今あるままに描写しているのではない。
それは人間がなろうとしているものを描写している。
未来の状態: 人間がそれほど変容し、 神聖なものとそれほど合一したとき、 真理は
もはや彼が従わねばならないものではなくなる; それは彼が在るものとなる。
もしあなたが最高の性質から生きるとしたら、あなたの人生はどうなるだろうか?