突然の風邪の症状に、とても戸惑っている。

さっきまで、といってもほんの2、3時間前まではアルバイトを何の体調不良も起こさずこなしてきたというのに。


吐き気を飲み込む時の感情は、失恋の時の悲しさと似ている気がする。

内側にある何らかの感情を必死で飲み込み、耐えている所が。
ふと思う。

やはり私は自分が大嫌いで。
人を深く信用できないし、信用しても何の価値もないと思う私が誰よりも憎い。

人をあまり信用できなくなったのはほんの些細な出来事が積み重なったからで、でもやはり信用できないという事実にはどんな些細なことでも変わりがなくて。


人の些細な言動まで疑ってしまう。

それは親友恋人友達家族ですら。

どうしようもなく不甲斐なく思ってしまうが、真っ直ぐなまま真ん丸なまま成長できなくて。

どこかが曲がっててどこかが欠けている。
完璧なんてとてもじゃないけど目指したくないし成りたくもないけどやはり何かが物足りないとは感じている。

求めているのは一体何なのか。


親友とか恋人とか友達とか。
そういう言葉で他人を一纏めにしたいけど、自分はそういう他人にそういう言葉で纏められたくなくて。

こういう時って血は便利だなと思う。

どれだけ離れてても遠くても薄くても、どれだけ否定してもいない者にはできない存在に縛られて生かされている。

そう考えると死の存在は素晴らしい。
長く続いたものを断ち切れるから。

ただ、そう簡単に死ねないのもまた魅力。


結局は言葉とか存在に縛られてて。
目に見えない不確かなものに縛られてるから、見えるものやそれを証明してくれるものに縋ってしまうのは仕方ない。

それを絶対と捉えてしまった私の負け。
夜、トイレに行くのが怖い。

そんな理由だけで部屋の電気をつける。
地球温暖化に味方しているようで後ろめたいが、街灯やコンビニエンスストアの無駄に明るい照明と比べる。
あれらに比べたら幾分かは温暖化対策に貢献しているはずだと責任転嫁。

闇が怖くてトイレに行けないという年齢ではないものの、電気を点けてしまうのはある種のジンクスみたいで。
部屋の位置を分かりやすくする為と、壁や床に躓いて痛い思いをしなくて済むようにする為の予防策。

いろいろと理由を付けてみたものの、本心はやはり闇が怖いからで。
住み慣れた家が見えなくなるのが嫌で電気を点けてしまうわけです。

住み慣れたといってもたかが6、7年しか住んでいなくて。
10年近く住んでいた家も、今の家の前に住んでいた家も、時が経つごとに外観や内装、部屋の位置も全て忘れてしまって。
どうせ今の家もどこか違う所に住んでしまえば忘れてしまう訳で。

そう考えると住み慣れてもやはり怖いのは仕方がない事なんだろうかと一人で頷く。

窓の外からは不定期な雨音が響いて。
子守歌のように優しく眠気を誘う。

しかし、この子守歌に混じって何者かの不気味な足音が聞こえると恐ろしいだろうなと無駄な思考を巡らす。
巡らしたところで何かが起きるはずもなく、脳が休息を求め思考を鈍らせてくる。

夢を見ない程度に眠りたい。