今 目の前の人と向き合い
丁寧に対応している時って
とても充実感を覚えます。
昔の自分なら 人間関係にうんざりして
何かと目を背けていましたが・・・

 そうだったね。
変な期待から人の嫌な処を見る度
幻滅し 一言一言に傷つき 腹を立てていた。
思う言葉が返ってこなければ
自分にとって 良い人ではない!なんてね。
まるで自分が投げた球をとりやすいように
返してくれる者だけを
“お気に入りリスト”に入れていたね。

でも でもですよ。
そんな人が居たら 嬉しいじゃないですか?
安心して付き合えますし 仲良くしていられます。

 そうだろうか?
一体 誰の代弁をしているんだい?
そんな関係が続いた試しなんてないじゃないか。
そう思っていても 向こうが離れたしまったら
まるで見捨てられたと思い 何かにつけ
今度は愚痴をこぼす。
その上 信じた自分の思いをどうすればいい?
挙句には 自分の反省会だろう?

まぁ 何がいけなかったのか 考えてしまいますね。
だから次は・・・

 だから次は そうならない様に
自分を改めるのかい?
そう言う相手には 気を付けようと心構えするのかい?
全く それでは君達の心は 忙しいね。
人を警戒していたのでは 対処はできても
不安な状況を招くには違いないんだよ。
無限にあるその時々に対して 
この場合はこうしようなんて もう
考えでは追いつかない。
なのに対処法やそうならないように
あくせく動き出す。
そんな今を体験している。

・・・はぁ・・・何度も言われていることですよね。
不安にならない為の対処を考えている時点で
すでに不安な今を体験し 未来を不安なもとに
想像している ということ。

 だね。
君達の思考のスピードは 光より早い。
そこへ強く不安な思いが重なれば
あっという間に選択通りになる。
それでも選択し直せばいい事だから
心配しなくていい。
ただし 君達が学んでいる事の多くは
不安なことは叶うのに 安心することには
現実が伴っていない ということだ。

そうそう!
よくそう思いました。
喜べることは めったにやってこないのに
嫌な体験だけは そこらじゅうにあるって。
それに安心しても 気持ちの面ばかりで
現実に起こる事には さほど素晴らしさを感じない。

≪・・・続く・・・≫