今の私が人を前にして楽と思える状態が
「実際は どうなっているのか」を 今一度
ここで 理解を重ねていきたいと思います。

いいとも。では 早速 私から 質問しよう。
元々 君は人付き合いを苦手にしていたね。

はい。以前は 行く先々でトラブルでした。

正直言って 今でも得意とは言えません。

自分の真実より人の考えに意識を向けては
人に「~で在って欲しい」という無理を願って
人の選択を自分ごとの様に思い心を揺らす。


それでは
誰でも「人が苦手」と言うだろうね。
君の選んでいた「不安の克服法」も 誤解の
上に誤解を重ねた不安に変わり無かったが

どの体験も本当の自分に気付ける為にある。


君の目の前を通り過ぎて行く者達の全てが

その為に 一役も 二役も買ってくれている。
と同様に 君も全てに大切な役を担っている。

精神には見えない処で 君達全ての魂が
「私の選択に協力出来る人はいますか?」
「はい!ぴったりはまります!手伝えます」

と名乗り合って 互いの体験を手伝い合う。


魂の存在への気付きの瞬間をギフトし合い

精神には良い役や 悪い役に見えていても
魂には全てが完璧に一つを織り成している。

だから 意識してか 無意識にかに関せず
至る所で魂の真実を伝え合い続けているよ。


その理解の上で 今 思うと「あれは魂の声を

伝えてくれていたのだな」と理解が重なります。
それを 精神の自分では理解できないからこそ
自分で考えて生きるのに必死なれるのですね。
だから 気にも留めずに 聞き流してもいられる。

その通り。
だからと言って 後悔もいらない。
誰のどんな選択も皆の役に立っているから。


それは 魂の声を受け取って伝えることだけが

真のメッセージではないという魂の真実ですね。

そう!本人が魂の自分に戻らない限りは
どんなに 魂からのメッセージを聞いても
考えでは理解を重ねられないのだからね。

この理解では魂の声を特別にする必要も
なくなって この世界の全てが選択次第で
魂のメッセージになると見えてくるはずだ。

と同時に まず自分が違和感を頼りにして
本当の自分に戻らなければ 何も見えずに

誤解を重るしかないとも思えてくるはずだ。


そこで 人を前にした君がどうなっているか?

はい。そこです。

今は「人が苦手」というのを感じなくなっています。
かといって 「得意」という様な
状態でもないです。

理解の上で「相手の魂を見る」という選択を
する時には
魂の自分に戻っているからこそ
考えがする
「人への複雑な分析」は無くなり
相手の精神(考え)
に意識が向かなくなって 
一切の先入観を無に帰し続けている状態で
繋がるように
 意識の先が魂に向き続ける。

だから 精神が選ぶ どんな言葉を聞いても

必ず その言葉の裏に在る その者の魂が
伝えている
真実を見て理解を重ねていける。

ここ最近では 人を前に(意識)すると同時に
「精神の自分では解らない」と号令をかける
と同時に スパッと精神の自分を諦めるから
考えるスキが無く
魂に戻っているだけだよ。

なるほど。だから 今 何を どう伝えるのかが

繋がるように伝わってくるのですね。そうなると
ただ聞こえるが儘に伝えているだけになります。

そこから離れて考えると 何故 ああ言ったのか?
何故 あの言葉で相手の反応がそうなったのか?
その一つ一つを詳しい処まで知る由もありません。
もちろん 相手の反応は千差万別に様々ですが…

そりゃそうだ。君が魂の自分でいても
人の選択を操るようなことはできない。

怒る者だっているし 涙する者もいる。

喜ぶ者も 解らないフリをする者もね。


君達の誰もが普段から自分の魂の声
を受け取った尻から
精神の選択(考え)
を働かせているのと同じことだからね。

初めから魂は精神に選択を任せている。
だから 精神が魂の真実(理解)を選び
誤解を無に帰すまで
 誤解は解けない。

魂の自分には精神の全てを承知だから

誰のどんな選択も 「それで仕方がない」

「誰にも本当(魂)の自分が付いている」
理解して「今に出来る限りでいいから
受け取れるままに伝えるだけでいい!」
と今と同様 君に伝え続けているのだよ。


それなら
どんなに「人とどう接するか」を
考えても仕方のないことと思えてきます。
精神の自分が恐れている心配や不安も
魂の自分を感じるだけでスッと消えます。

それこそが魂の精神への理解であり
魂としての自分の選択 体験でもある。

結局の処 人を苦手と思っていたのは

自分が精神の自分で考えているから

理解できなくて当然だったという訳だ。


究極の処 君達は何を見極めているのか。

「在るか 無いか」「本当か 否か」つまり

「魂か 精神か」の
選択が在り続けている。

本来 
君達の選択にその他の理由は無い。
原因追求もいらない。考えて悩む由も無い。
全ての理由は「自分を忘れる自分が在る」
つまり 「ついつい 我を忘れる自分がいる
からこそ我に還れる選択が在る」に尽きる。

 
「人を前にして」以前の君が恐れていたのは

「本当の自分ではいられない」自分なのだよ。


だが ここでのように 魂の理解に重なれば

「人と接する」は「魂と繋がる」になるだろう!

そこで
「魂か 精神か」の選択だけだろう!


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