第7話

「もう一度、絵本をひらく」

 

登場人物

 

美咲(みさき)
FMヴォイス「ヴォイスストーリー」 ラジオパーソナリティ

 

直人(なおと)
会社員 ラジオネーム「ナオ」

 

ディレクター

 

幼い直人

 

直人の母

 


【オープニング】

 

【SE:雨上がりの街。水たまりを踏む足音】

 

【BGM:静かなピアノ】

 

美咲(ナレーション)

 

人生には、

 

何度も開くものがあります

 

手紙

 

アルバム

 

古い日記

 

そして――

 

絵本

 

子どものころに開いた一冊を、

 

大人になってから、

 

もう一度開いてみる

 

すると、

 

同じページなのに、

 

違うものが見えてくる

 

子どものころには、

 

気づかなかったこと

 

大人になったからこそ、

 

わかること

 

そして――

 

あの頃の自分から、

 

今の自分への、

 

小さなメッセージ

 


 

【場面1  書店・絵本売り場】

 

【SE:書店。子どもの声。ページをめくる音】

 

直人

……ありました

 

美咲

どこ?

 

直人

ここ

 

【SE:絵本を手に取る】

 

美咲

『はらぺこあおむし』

 

直人

何年ぶりだろう

 

美咲

私は、

 

ついこの前も読みました

 

直人

仕事で?

 

美咲

ううん

 

自分のために

 

【間】

 

直人

自分のために絵本を読むって、

 

少し不思議ですね

 

美咲

そう?

 

私は、

 

大人になってからのほうが、

 

絵本を読むことが増えました

 

直人

どうして?

 

美咲

昔は、

 

物語を読んでいた

 

今は、

 

自分の人生を重ねて読んでいる

 


【場面2  ベンチ】

 

【SE:書店の外。風】

 

【BGM:やさしいピアノ】

 

直人

美咲さん

 

僕が、

 

この絵本をもう一度買った理由

 

覚えていますか

 

美咲

覚えています

 

「誰かと、もう一度読みたかった」

 

直人

はい

 

子どものころは、

 

母と読んだ

 

そして今度は――

 

美咲

私と?

 

直人

……はい

 

【間】

 

だめですか

 

美咲

いいえ

 

嬉しいです

 


【場面3 幼い直人】

 

【SE:古い部屋。時計】

 

【BGM:遠い記憶】

 

幼い直人

お母さん

 

また読んで

 

母

今日はもう、

 

三回読んだでしょう

 

幼い直人

もう一回

 

母

しょうがないわね

 

【SE:絵本を開く】

 

母

じゃあ、

 

最初から

 

【幼い直人の笑い声】

 


【場面4 現在】

 

【BGM】

 

直人

母は、

 

何度でも読んでくれた

 

当時は、

 

それが普通だと思っていました

 

でも、

 

今 思うんです

 

母は、

 

忙しかったはずなんです

 

家事もあって、

 

仕事もあって

 

それでも、

 

僕が「もう一回」と言えば、

 

絵本を開いてくれた

 

美咲

……愛情って、

 

そういうことなのかもしれませんね

 

大きなことじゃなくて

 

何度も、

 

同じことをしてくれる

 

直人

そう


【場面5 美咲の記憶】

 

【SE:ページをめくる音】

 

美咲

私も、

 

母に「もう一回」って、

 

何度も言っていました

 

直人

やっぱり

 

美咲

うん

 

でも、

 

大人になってから気づいたんです

 

「もう一回読んで」

 

と言った私に、

 

母は一度も、

 

「忙しいから嫌」

 

と言わなかった

 

【間】

 

……ありがとうって、

 

今なら言えるのに

 


【場面6 直人】

 

直人

だから、

 

今日は言います

 

美咲

誰に?

 

直人

あの頃の自分に

 

美咲

……え?

 

直人

「もっと甘えていいよ」

 

「もっと読んでもらっていいよ」

 

「大好きって言っていいよ」

 

【間】

 

子どものころの僕に、

 

そう言ってあげたい

 


【場面7 絵本をひらく】

 

【SE:二人で絵本を開く】

 

【BGM:ごく小さく】

 

美咲

じゃあ、

 

一緒に読みましょう

 

直人

はい

 

美咲

ページをめくるのは、

 

ナオさん

 

直人

わかりました

 

【SE:ページをめくる】

 

美咲

……。

 

【間】

 

この絵を見ると、

 

小さいころの部屋を思い出します

 

直人

僕は、

 

母の手を思い出します

 

【ページをめくる】

 

美咲

私は、

 

母の声

 

直人

僕は、

 

母の笑い声

 

【間】

 

美咲

同じ絵本なのに、

 

違う記憶が入っている

 

直人

でも、

 

今は同じページを見ている

 


【場面8 直人の告白】

 

【BGM:少し切ない】

 

直人

美咲さん

 

僕は、

 

この絵本を、

 

ずっと「過去の本」だと思っていました

 

母との思い出

 

子どものころ

 

もう戻れない時間

 

でも、

 

今日わかりました

 

美咲

何が?

 

直人

絵本は、

 

過去に戻るためだけじゃない

 

もう一度、

 

未来を始めるためにも、

 

開けるんですね

 

【長い間】

 

美咲

……素敵ですね

 

直人

美咲さんが、

 

そう思わせてくれたんです

 


【場面9 美咲】

 

【BGM】

 

美咲

ナオさん

 

私も、

 

ひとつ、

 

気づいたことがあります

 

直人

なんですか

 

美咲

私、

 

ずっと「声」を届ける仕事をしてきました

 

ラジオで

 

たくさんの人に

 

でも――

 

誰か一人に、

 

自分の声を届けたいと思ったのは、

 

初めてかもしれません

 

【間】

 

直人

……僕ですか?

 

美咲

そうです

 

【長い間】

 

直人

ありがとう

 


【場面10 静かな告白】

 

【SE:風】

 

直人

美咲さん

 

僕は、

 

あなたの声が好きです

 

最初は、

 

気持ちが落ち着く

 

安心する声だと思った

 

母を思い出す

 

あたたかさが あった

 

でも、

 

今は違います

 

【間】

 

あなたは、

 

あなたです

 

僕は、

 

あなたの声を

 

聴きたい

 

あなたと話したい

 

あなたと、

 

これからの時間を過ごしたい

 

【長い間】

 

美咲

……ナオさん

 

それは、

 

恋ですか?

 

【間】

 

直人

たぶん

 

いや――

 

きっと

 


【場面11 美咲の返事】

 

【BGM:ピアノ】

 

美咲

私も、

 

たぶん、

 

同じです

 

【間】

 

でも、

 

ひとつだけ、

 

お願いがあります

 

直人

何ですか?

 

美咲

急がないでください

 

直人

……恋を?

 

美咲

声から始まったんですもの

 

声を聴いて

 

話して

 

笑って

 

一冊ずつ、

 

ページをめくるように

 

ゆっくり、

 

知っていきたい

 

直人

わかりました

 

いちページずつ

 

美咲

いちぺージずつ

 


【エンディング】

 

【SE:絵本を閉じる音】

 

【BGM:テーマ曲】

 

美咲(ナレーション)

子どものころ、

 

母と開いた一冊の絵本

 

大人になった今、

 

もう一度開いてみる

 

すると 

 

そこには、

 

過去だけではなく、

 

未来がありました

 

人は、

 

何度でも、

 

新しいページを開ける

 

何歳になっても

 

どんな経験をしても

 

そして――

 

誰かと出会ったとき、

 

人生は、

 

また新しい物語になる

 

【間】

 

声からはじまる恋もある

 

その恋は、

 

一冊の絵本を、

 

もう一度開くことから、

 

始まることもある

 

【SE:ページをめくる】

 

【BGM フェードアウト】

 


【次回予告】

 

【BGM:少し明るいピアノ】

 

美咲

ナオさん

 

次のページは、

 

何が書いてあるんでしょう

 

直人

わかりません

 

だから、

 

一緒に

 

ひとつ

 

ひとつの

 

気持ちを確かめながら

 

開きましょう

 

【間】

 

美咲

……はい

 

【BGM】

 

美咲(ナレーション)

次回、

第8話――2026年10月9日(金)23時 脚本公開――

 

「ページの向こう側」

 

ふたりは、

一冊の絵本をきっかけに、

「これからの人生」について、

語り始めます。

そして美咲は、

ある決意をします。

――第7話「もう一度、絵本をひらく」終――

 

第6話

「あなたに残す声」

 

登場人物

美咲(みさき)
FMヴォイス「ヴォイスストーリー」パーソナリティ

 

直人(なおと)
会社員。ラジオネーム「ナオ」

 

ディレクター
美咲の番組スタッフ

 

幼い直人

 

直人の母

 


 

 

【オープニング】

【SE:静かな部屋。録音機のスイッチを入れる音】

【BGM:静かなピアノ】

 

直人(ナレーション)

 

声は、

 

消えてしまうものだと思っていた。

 

話せば消える。

 

笑えば消える。

 

「またね」と言えば、

 

その声は、

 

その場に置いていかれる。

 

でも――

 

もし、

 

声を残せたら

 

いつか、

 

誰かがその声を聴いてくれたら

 

声は、

 

時間を越えていく

 


【場面1  美咲の部屋】

 

【SE:朝    カーテンを開ける音】

 

【スマートフォンの着信】

 

美咲

美咲です

 

直人

おはようございます

 

美咲

おはようございます

どうしたんですか?

 

直人

昨日の話

覚えていますか?

 

美咲

「あなたに残す声」

覚えています

 

直人

今日、

録音したいんです

 

美咲

何を?

 

直人

美咲さんへの声

 

【間】

 

美咲

……私の声

 

直人

はい

 

でも、

 

ひとりでは うまく話せないと思って

 

美咲

じゃあ、

一緒に録音しませんか

 


【場面2 ラジオ局 録音ブース】

 

【SE:ドアが開く】

 

ディレクター

今日は、

番組収録じゃないんですか?

 

美咲

違います

 

今日は、

「声を残す」収録です

 

ディレクター

なるほど

 

私も協力します

 

じゃあ、

マイクはこちらです

 

【SE:マイクを調整する音】

 

直人

なんか、

緊張します

 

美咲

ラジオで何度も話しているのに

 

直人

美咲さんが目の前にいるから

 

美咲

……私もです

 

【二人、小さく笑う】

 


【場面3  録音開始】

 

【SE:録音ボタン】

 

ディレクター

録音、

回ります

 

【間】

 

どうぞ

 

【少し長い沈黙】

 

直人

……美咲さん

 

【間】

 

僕は、

 

いままで

 

声について、

 

そんなに考えたことがありませんでした

 

仕事をして、

 

電話をして、

 

人と話して、

 

声は、

 

ただの道具だと思っていました

 

でも、

 

美咲さんの番組を聴くようになって、

 

変わりました

 


【場面4   直人の声】

 

直人

 

声には、

 

その人の人生が 合い重なっている

 

そう思うようになりました

 

母の声には、

 

僕を育ててくれた時間があった

 

美咲さんの声には、

 

僕が前を向き始めた時間がある

 

だから――

 

この声を、

 

この気持ちを、

 

残しておきたい

 

【間】

 

人生には

 

限られた時間がある

 

誰かが、

 

この声を聴いてくれたら

 

「この人は、

 

誰かを大切に思っていたんだな」

 

そう思ってくれたら、

 

うれしい

 


【場面5   美咲】

 

【BGM:小さく】

 

美咲

……ナオさん

今の、

録音されていますよ

 

直人

はい

 

美咲

私も

 

今の想いで

 

声を残します

 

直人

何を

 

美咲

ナオさんに伝えたいこと

 

【間】

 

 


【場面6   美咲の声】

 

【SE:録音機】

 

美咲

ナオさん

あなたの声を初めて聴いた日のことを、

私は忘れません

 

ラジオの向こうから、

「こんばんは」

と届いた声

 

最初は、

たくさん聴いていただいているリスナーの中の

ひとりでした

 

でも、

 

あなたの言葉を聴いて、

少しずつ、

その声の奥にある人生を、

知りたいと思うようになりました

 

【間】

 

そして、

あなたに会った

 


美咲

実際に会ったあなたは、

私が想像していた人とは、

少し違いました。

 

【直人、小さく笑う】

 

直人

そうでしたか

 

美咲

でも、

声だけは、

想像した通りでした

 

【間】

 

……優しい声

 


【場面7  子どものころ】

 

【SE:古いカセットテープ】

 

【BGM:遠い記憶】

 

直人

美咲さん

 

これも、

聴いてください

 

【SE:再生】

 

**直人の母の声】

直人

眠る時間よ

 

幼い直人

まだ寝ない

 

母の声

明日、学校でしょう

 

幼い直人

……うん

 

母の声

じゃあ、

おやすみ

 

【間】

 

幼い直人

お母さん

 

母の声

なあに

 

幼い直人

……ありがとう

 

【テープのノイズ】

 

【停止】

 


【場面8   沈黙】

 

【BGM:静かに】

 

美咲

……。

 

直人

初めて、

このテープを聴いたとき、

「ありがとう」って言った自分の声を、

思い出しました

 

美咲

はい

 

直人

母の声だけじゃない

僕の声も、

ちゃんと残っていた

 

【間】

 

だから、

思ったんです

 

声って、

その人だけのものじゃない

 

誰かとの時間なんだって

 


【場面9  美咲の涙】

 

【SE:録音機の小さなノイズ】

 

美咲

ナオさん

この話、

ラジオでしてもいいですか?

 

直人

もちろん

 

美咲

きっと、

同じように、

「ありがとう」を言えなかった人が、

いると思う

 

直人

……そうですね

 

美咲

だったら、

私たちの声を、

その人に届けましょう

 


【場面10   ラジオ生放送】

 

【BGM:番組ジングル】

 

美咲

こんばんは

 

今夜は、

少し特別な放送です

 

声は、

消えていくものだと思っていました

 

でも、

録音された声は残ります

 

そして、

記憶の中にも、

声は残ります

 

今日は、

ひとりの男性の声を、

お届けします

 


【SE:録音再生】

 

直人の声

「母さん

僕を育ててくれて、

ありがとう」

 

【間】

 

「絵本を読んでくれて、

ありがとう」

 

【間】

 

「そして――」

「僕の母でいてくれて、

ありがとう」

 

【SE:録音停止】

 


【場面11  美咲の語り】

 

【BGM:ピアノ】

 

美咲

もし、

あなたにも、

残したい声があるなら

 

もし、

誰かに伝えたい言葉があるなら

 

今日、

声にしてみませんか?

 

「ありがとう」

 

「大好き」

 

「元気でね」

 

「また会おう」

 

声にすることで、

その言葉は、

あなたの中から、

誰かの心へ向かって歩き始めます

 


【場面12   直人】

 

【SE:スマートフォン】

 

直人

……。

【メールを打つ音】

 

直人(心の声)

「美咲さん」

「僕は今日、

あなたに残したい声があります」

 

【間】

 

「あなたと出会えて、

よかった」

 

【送信音】

 


【場面13  美咲】

 

【SE:メール受信】

 

美咲

……ナオさん

 

【メールを読む】

 

「あなたと出会えて、

よかった」

 

【間】

 

……。

 

ディレクター

美咲さん

返事は?

 

美咲

……まだ

 

ディレクター

どうして?

 

美咲

声で返したいから

 


【エンディング】

 

【BGM:テーマ曲】

 

美咲(ナレーション)

残したい声がある

 

残したい言葉がある

 

でも、

 

声を残すということは、

 

過去にしがみつくことでは ないのかもしれません

 

その声を、

 

未来へ渡していくこと

 

母から子へ

 

子から誰かへ

 

そして、

 

今日出会った人から、

 

明日の自分へ

 

【間】

 

声は、

消えない

 

誰かの心に残る限り

 


【SE:絵本を開く音】

 

美咲

「つぎのひは また にちようび」

 

【間】

 

直人

……この声、

ずっと聴いていたい

 

【美咲、少し笑う】

 

美咲

じゃあ、

次のページも、

一緒に

 

【SE:ページをめくる】

 

【BGM フェードアウト】

 


【次回予告】

 

【BGM:少し切ないピアノ】

 

直人

美咲さん

 

実は、

まだ話していないことがあります

 

美咲

何?

 

直人

僕が、

『はらぺこあおむし』を、

大人になってから、

もう一度買った理由

 

【間】

 

美咲

……聞かせて

 

直人

あの絵本を、

もう一度、

誰かと読みたかったから

 

【BGM】

 

美咲(ナレーション)

次回、

第7話――2026年10月2日(金)23時 脚本公開――

 

「もう一度、絵本をひらく」

 

一冊の絵本が、

ふたりの未来を、

静かに動かし始めます

 

――第6話「あなたに残す声」終――

第5話

「ありがとうを 声にして」

 

登場人物

美咲(みさき)
FMヴォイス「ヴォイスストーリー」のパーソナリティ

 

直人(なおと)
会社員。ラジオネーム「ナオ」

 

ディレクター
美咲の番組スタッフ

 

幼い美咲

 

美咲の母

 

幼い直人

 

直人の母

 


【オープニング】

【SE:朝。鳥の声。遠くで子どもの声】

 

【BGM:静かなピアノ】

 

美咲(ナレーション)

 

「ありがとう」

 

たった五文字

 

短い言葉なのに、

 

言えないまま、

 

心の中に残っていることがあります。

 

照れくさくて

 

忙しくて

 

また 今度でいいと思って

 

いた。

 

そして、

 

時が過ぎる。

 

だから――

 

今日は、

 

声にしてみようと思います。

 

伝えたかった、

 

「ありがとう」を

 


【場面1   ラジオ局・朝】

【SE:スタジオ】

 

ディレクター

美咲さん

 

今日のテーマ、決まりました。

 

美咲

何ですか?

 

ディレクター

「ありがとうを、声にして」

 

【間】

 

美咲

……いいですね。

 

ディレクター

ナオさんから、

メールが来ています。

 

美咲

ナオさん?

 

ディレクター

はい

 

「美咲さん

 

今日は僕から、

 

ひとつ話したいことがあります」

 


【場面2   直人の部屋】

【SE:静かな部屋】

 

【BGM:遠くにピアノ】

 

直人

お母さん

 

今日は、

 

ちゃんと声にするよ。

 

【間】

 

あの頃は、

 

言えなかったから。

 


【回想】

【SE:子どもの部屋】

 

幼い直人

お母さん!

 

母

なあに?

 

幼い直人

今日、絵本読んで

 

母

いいよ。

 

どれにする?

 

幼い直人

『はらぺこあおむし』

 

母

また?

 

幼い直人

うん!

 

【二人の笑い声】

 


【SE:ページをめくる音】

 

母

「おひさまが のぼって――」

 

幼い直人

お母さん

 

母

ん?

 

幼い直人

大好き

 

【間】

 

母

……ありがとう

 


【場面3   現在】

【BGM】

 

直人

あの頃、

 

「大好き」は言えた。

 

でも、

 

「ありがとう」は、

 

言ったことが

 

なかった。

 

絵本を読んでくれて、

 

ご飯を作ってくれて、

 

学校から帰れば、

 

「おかえり」って言ってくれた。

 

熱を出した夜には、

 

ずっとそばにいてくれた。

 

当たり前だと思ってた。

 

【間】

 

当たり前なんて、

ひとつもなかったのに。

 


【場面4   ラジオ生放送】

【BGM:番組ジングル】

 

美咲

こんばんは

 

FMヴォイス「ヴォイスストーリー」

 

今夜のテーマは、

「ありがとうを、声にして」

です。

 

今日は、

 

ラジオネーム「ナオ」さんから、

 

メールをいただいています。

 


美咲(メールを読む)

 

「美咲さん。

 

僕は今日、

 

母に『ありがとう』と言います」

 

「母は

 

半年前に天国へ旅立ちました」

 

「だから、

直接 言えません」

 

「でも、

声にします」

 

【間】

 

「お母さん」

 

「僕を産んでくれて、

育ててくれて、

ありがとう」

 

「絵本を読んでくれて、

ありがとう」

 

「何度も、

 

何度も、

 

同じ絵本を読んでくれて、

 

ありがとう」

 

「僕が大人になってからも、

 

いつも心配してくれて、

 

ありがとう」

 

【美咲、少し息を吸う】

 

「そして――」

 

「僕の母でいてくれて、

 

ありがとう」

 

【長い間】

 


【場面5   美咲】

【BGM:静かに】

 

美咲

……直人さん

 

届いていると思います

 

きっと

 

【間】

 

声って、

 

相手が目の前にいなくても、

 

届けられるんですよね。

 

私も――

 

今日は、

 

ひとつ、

 

話したいことがあります。

 


【場面6   美咲の記憶】

【SE:古い時計。台所】

 

幼い美咲

お母さん

 

絵本!

 

母

はいはい。

 

今日は何にする?

 

幼い美咲

これ

 

【SE:絵本を開く】

 

母

『はらぺこあおむし』ね。

 

幼い美咲

うん

 

【母が読み始める】

 

母

「つぎのひは また にちようび――」

 

【BGM:懐かしいピアノ】

 


【場面7   現在・美咲】

美咲

お母さん

 

私にも、

 

「ありがとう」を言わせてください。

 

絵本を読んでくれて、

 

ありがとう。

 

「もう一回」って言ったら、

 

何度でも読んでくれて、

 

ありがとう。

 

私が泣いたとき、

 

何も言わずに、

 

そばにいてくれて、

 

ありがとう。

 

【間】

 

そして――

 

私の声を、

 

育ててくれて、

 

ありがとう。

 

【長い間】

 

お母さん。

 

今も、

 

私の声の中に、

 

あなたがいます。

 


【場面8   放送ブース】

【SE:スタジオの静かな空気】

 

ディレクター

美咲さん

……大丈夫ですか?

 

美咲

はい

 

涙が出るけど、

 

大丈夫。

 

ディレクター

声が、

少し変わりました。

 

美咲

そう?

 

ディレクター

はい

 

なんだか、

いつもより、

あたたかい。

 

【間】

 

美咲

ありがとう

 


【場面9   直人からの電話】

【SE:電話の呼び出し音】

 

美咲

……美咲です

 

直人

美咲さん

 

美咲

はい

 

直人

聴きました

 

美咲

……ありがとう

 

直人

僕、

泣いてます

 

美咲

私も

 

【二人、少し笑う】

 

直人

不思議ですね

 

今日、

 

母に「ありがとう」と言ったら、

 

少しだけ、

 

前を向けた気がします。

 

美咲

私もです

 

【間】

 

直人

美咲さん

 

もう一つ、

 

言っていいですか?

 

美咲

どうぞ

 

直人

あなたに、

 

ありがとう

 

美咲

……私に?

 

直人

はい

 

僕の母の声を、

 

思い出させてくれたから。

 

【間】

 

それから――

 

僕自身の声を、

 

取り戻すことが

 

できたから

 


【場面10   美咲】

【BGM:静かなピアノ】

 

美咲

直人さん

 

私も、

 

ありがとう。

 

あなたが、

 

私の声を、

 

ちゃんと聴いてくれたから。

 

【間】

 

ラジオって、

 

不思議ですね。

 

顔も知らない人と、

 

声だけで出会える。

 

そして、

 

いつの間にか、

 

心から話せるようになる。

 


【場面11   新しい約束】

直人

美咲さん

 

今度、

 

ふたりで絵本を読みませんか?

 

美咲

二人で?

 

直人

はい

 

『はらぺこあおむし』

 

美咲

……いいですね

 

直人

僕がページをめくります

 

美咲さんが、

声を担当

 

美咲

それ、

ちょっと楽しそう

 

直人

でしょう?

 

【二人、笑う】

 

美咲

じゃあ、

 

約束。

 

直人

約束。

 


【エンディング】

【SE:絵本を開く音】

 

【BGM:テーマ曲】

 

美咲(ナレーション)

 

ありがとう。

 

そう 声にした瞬間、

 

過去が、

 

未来につながっていく。

 

母からもらった声。

 

絵本からもらった時間。

 

そして、

 

誰かと出会えたこと。

 

そのすべてに、

 

ありがとう。

 

【間】

 

声からはじまる恋もある。

 

でも、

 

その声が、

 

誰かの人生を、

 

もう一度、

 

歩き始めさせることもある。

 

【SE:ページをめくる】

 

一枚。

 

また一枚。

 

物語は、

 

まだ終わらない。

 


【次回予告】

【BGM:少し明るいピアノ】

 

直人

美咲さん

 

次は、

 

僕の声を録音してもいいですか?

 

美咲

どうして?

 

直人

 

美咲さんのラジオ番組を

 

聴いてから

 

僕も

 

いつの日か..........

 

ラジオパーソナリティとして

 

話したいと

 

思ったから

 

【間】

 

美咲

……素敵ですね

 

直人

それに――

 

美咲さんに、

伝えたい

 

【美咲、少し息をのむ】

 

美咲

……直人さん

 

ラジオパーソナリティに

なったら

どんな声で

話すの

 

直人

美咲さんが、

 

好きだと思ってくれる声で

 

話したい

 

【BGM フェードアウト】

 

美咲(ナレーション)

次回、

第6話――2026年9月25日(金)23時   脚本公開――

「あなたに残す声」

ふたりの声が、

初めてひとつの作品になります。

 

――第5話「ありがとうを、声にして」終――