第7話
「もう一度、絵本をひらく」
登場人物
美咲(みさき)
FMヴォイス「ヴォイスストーリー」 ラジオパーソナリティ
直人(なおと)
会社員 ラジオネーム「ナオ」
ディレクター
幼い直人
直人の母
【オープニング】
【SE:雨上がりの街。水たまりを踏む足音】
【BGM:静かなピアノ】
美咲(ナレーション)
人生には、
何度も開くものがあります
手紙
アルバム
古い日記
そして――
絵本
子どものころに開いた一冊を、
大人になってから、
もう一度開いてみる
すると、
同じページなのに、
違うものが見えてくる
子どものころには、
気づかなかったこと
大人になったからこそ、
わかること
そして――
あの頃の自分から、
今の自分への、
小さなメッセージ
【場面1 書店・絵本売り場】
【SE:書店。子どもの声。ページをめくる音】
直人
……ありました
美咲
どこ?
直人
ここ
【SE:絵本を手に取る】
美咲
『はらぺこあおむし』
直人
何年ぶりだろう
美咲
私は、
ついこの前も読みました
直人
仕事で?
美咲
ううん
自分のために
【間】
直人
自分のために絵本を読むって、
少し不思議ですね
美咲
そう?
私は、
大人になってからのほうが、
絵本を読むことが増えました
直人
どうして?
美咲
昔は、
物語を読んでいた
今は、
自分の人生を重ねて読んでいる
【場面2 ベンチ】
【SE:書店の外。風】
【BGM:やさしいピアノ】
直人
美咲さん
僕が、
この絵本をもう一度買った理由
覚えていますか
美咲
覚えています
「誰かと、もう一度読みたかった」
直人
はい
子どものころは、
母と読んだ
そして今度は――
美咲
私と?
直人
……はい
【間】
だめですか
美咲
いいえ
嬉しいです
【場面3 幼い直人】
【SE:古い部屋。時計】
【BGM:遠い記憶】
幼い直人
お母さん
また読んで
母
今日はもう、
三回読んだでしょう
幼い直人
もう一回
母
しょうがないわね
【SE:絵本を開く】
母
じゃあ、
最初から
【幼い直人の笑い声】
【場面4 現在】
【BGM】
直人
母は、
何度でも読んでくれた
当時は、
それが普通だと思っていました
でも、
今 思うんです
母は、
忙しかったはずなんです
家事もあって、
仕事もあって
それでも、
僕が「もう一回」と言えば、
絵本を開いてくれた
美咲
……愛情って、
そういうことなのかもしれませんね
大きなことじゃなくて
何度も、
同じことをしてくれる
直人
そう
【場面5 美咲の記憶】
【SE:ページをめくる音】
美咲
私も、
母に「もう一回」って、
何度も言っていました
直人
やっぱり
美咲
うん
でも、
大人になってから気づいたんです
「もう一回読んで」
と言った私に、
母は一度も、
「忙しいから嫌」
と言わなかった
【間】
……ありがとうって、
今なら言えるのに
【場面6 直人】
直人
だから、
今日は言います
美咲
誰に?
直人
あの頃の自分に
美咲
……え?
直人
「もっと甘えていいよ」
「もっと読んでもらっていいよ」
「大好きって言っていいよ」
【間】
子どものころの僕に、
そう言ってあげたい
【場面7 絵本をひらく】
【SE:二人で絵本を開く】
【BGM:ごく小さく】
美咲
じゃあ、
一緒に読みましょう
直人
はい
美咲
ページをめくるのは、
ナオさん
直人
わかりました
【SE:ページをめくる】
美咲
……。
【間】
この絵を見ると、
小さいころの部屋を思い出します
直人
僕は、
母の手を思い出します
【ページをめくる】
美咲
私は、
母の声
直人
僕は、
母の笑い声
【間】
美咲
同じ絵本なのに、
違う記憶が入っている
直人
でも、
今は同じページを見ている
【場面8 直人の告白】
【BGM:少し切ない】
直人
美咲さん
僕は、
この絵本を、
ずっと「過去の本」だと思っていました
母との思い出
子どものころ
もう戻れない時間
でも、
今日わかりました
美咲
何が?
直人
絵本は、
過去に戻るためだけじゃない
もう一度、
未来を始めるためにも、
開けるんですね
【長い間】
美咲
……素敵ですね
直人
美咲さんが、
そう思わせてくれたんです
【場面9 美咲】
【BGM】
美咲
ナオさん
私も、
ひとつ、
気づいたことがあります
直人
なんですか
美咲
私、
ずっと「声」を届ける仕事をしてきました
ラジオで
たくさんの人に
でも――
誰か一人に、
自分の声を届けたいと思ったのは、
初めてかもしれません
【間】
直人
……僕ですか?
美咲
そうです
【長い間】
直人
ありがとう
【場面10 静かな告白】
【SE:風】
直人
美咲さん
僕は、
あなたの声が好きです
最初は、
気持ちが落ち着く
安心する声だと思った
母を思い出す
あたたかさが あった
でも、
今は違います
【間】
あなたは、
あなたです
僕は、
あなたの声を
聴きたい
あなたと話したい
あなたと、
これからの時間を過ごしたい
【長い間】
美咲
……ナオさん
それは、
恋ですか?
【間】
直人
たぶん
いや――
きっと
【場面11 美咲の返事】
【BGM:ピアノ】
美咲
私も、
たぶん、
同じです
【間】
でも、
ひとつだけ、
お願いがあります
直人
何ですか?
美咲
急がないでください
直人
……恋を?
美咲
声から始まったんですもの
声を聴いて
話して
笑って
一冊ずつ、
ページをめくるように
ゆっくり、
知っていきたい
直人
わかりました
いちページずつ
美咲
いちぺージずつ
【エンディング】
【SE:絵本を閉じる音】
【BGM:テーマ曲】
美咲(ナレーション)
子どものころ、
母と開いた一冊の絵本
大人になった今、
もう一度開いてみる
すると
そこには、
過去だけではなく、
未来がありました
人は、
何度でも、
新しいページを開ける
何歳になっても
どんな経験をしても
そして――
誰かと出会ったとき、
人生は、
また新しい物語になる
【間】
声からはじまる恋もある
その恋は、
一冊の絵本を、
もう一度開くことから、
始まることもある
【SE:ページをめくる】
【BGM フェードアウト】
【次回予告】
【BGM:少し明るいピアノ】
美咲
ナオさん
次のページは、
何が書いてあるんでしょう
直人
わかりません
だから、
一緒に
ひとつ
ひとつの
気持ちを確かめながら
開きましょう
【間】
美咲
……はい
【BGM】
美咲(ナレーション)
次回、
第8話――2026年10月9日(金)23時 脚本公開――
「ページの向こう側」
ふたりは、
一冊の絵本をきっかけに、
「これからの人生」について、
語り始めます。
そして美咲は、
ある決意をします。
――第7話「もう一度、絵本をひらく」終――

