知らぬが仏!知って生き地獄!
何も知らなくて、のほほんと生きていけるのならそれはそれで、知らぬが仏で、随分と楽な生き様でもあるのだろう〜〜
しかし、綺麗ごとだけを見て、生きていく事は、真実を葬るという一つの罪にも値する。
罪を憎んで人を憎まずという孔子の教えは最もらしく尊いことではあるがそこには、人間レベルの崇高さがあっての話しだと痛感する。
今の世のように、こんなにも乱れきり、善悪すらまともに計り知れないような、偽善が蔓延ると!
そのきちんとなされた本筋を見出すことすら、覚束ないものとなる。
知らぬが仏ではいてられなく、しかも、知って生き地獄を味わうとなると、もう立つ瀬がない!
今を生きる事の難しさが際立つ!
やはり、行き着くところは、我が魂なる心情との共同作業だと、つくづく思い知る。
自分を生きるという事は、しっかりと自分自身を見つめる事であり、我が魂への意識を持つ事が大切な配慮であるのですが、どうも、人間たる者は他人への影響の方を重視しがちです。
人は、とかく、人に影響される事があまりにも多く自分を見失いがちですが生まれる時も、死ぬ時も、いつも一緒にいてくれるのは我が魂なのです
言い方を変えれば我が魂でしかいないのです!
その魂を、おざなりにしていませんか?
世の常を見ていると、今は、魂よりもA Iさんに傾注してしまい、人としての生き様すら変換されてしまっています。
そのせいで、こんな世の中になっちゃいました!
魂の抜け殻がその場限りの、やり過ごししかしないので、世の秩序がもうぐちゃぐちゃです!
その台頭が政治家さんときているのですから始末が悪過ぎる……
せめて、我が魂にもっと寄り添っての生き様を意識したいものだと、この頃富に思うのです。
人間の寿命なんて、あっと言う間ですから〜〜
我が魂に恥じない生き方を、皆が心がければ〜〜
知らぬが仏、知って生き地獄、なんて、そんなヤワな事態に陥りはしないでしょうに……
(言葉の魔法ーーボイスA iK)