こんにちは、心理セラピストの伊達拓真です。
よくこのブログでも発している言葉なんだけど、
思い込み ってあるじゃない?
これは僕個人的になんだけど、
思い込みをはずす とか言う言葉に
どうもしっくりいかないんです笑
単純に「思い込み」って単語と
「はずす」って単語を使ってるだけなんだろうけど
思い込みを???
はずす???
なんだそれ!?
どうやって!?
はずれるもんなのか!?
その文章、単語の意味を考え出したりして、
なんでこんな言い方?
なんでこの言い回し?
なんか深い意図があるのかな?
と、よく混乱することがある笑
(はい、頭で考えすぎのパターンです)
とはいえ、
それですごくピンとくる人もいるわけで、
間違ってるとか、そういう気持ちは一切なく
なんだかなー、、、という感じ笑
そんな風に思う時がときどきあって、
思い込みってなんだろうなぁ、、、
とぼんやり考えていました。
そんなときに、ふとしっくりくる言葉を見つけたんです!
思い込みって、
自分へ「勝手な決めつけ」をしてるもの
だ、と。
そうだと思っているもの
それを自分で選んでるもの
そうなりきっているもの
色々な表現の仕方や、
人それぞれ解釈の仕方はいっぱいあると思います。
ただ、個人的には、
思い込みって
自分自身へ一方的に決めつけたもの
なんだろうなぁと思ったのです。
「頑張っても認めてもらえなかった」
「良い子でいないと褒めてもらえなかった」
「良い成績を取らないと愛されなかった」
そんな過去の出来事に対して、
「自分は愛されない人間なんだ」
「自分は能力のない人間なんだ」
「自分は価値のない人間なんだ」
そんな風に、自分自身のことを決めつけて、
「なんで?」というところに
納得できる理由や答えを作りたかったんだろうな。
だって、その体験が子どもの頃だとすると、
「なんで愛されないの?」
「なんで褒めてもらえないの?」
「なんで認めてもらえないの?」
なんて、考えてもわからない。
「なんで愛されないのかがわからない」
「なんで認められないのかがわからない」
そんなときって、子どもの時だったらめちゃくちゃ不安だよね。
それがお母さんやお父さんだったりしたら、
子どもである自分を、世界一愛して欲しい人なのに、
「なんで自分は愛されないの?」がわからないんだから。
わからないって、怖いことだよね。
だって、どうしたら愛してもらえるか?がわからないんだから。
子どもの頃の自分からしたら、恐怖でしかない。
そもそも子どもの時なんて、世の中知しらないこと、わからないことだらけ。
そして、一番欲しいのは(知りたいのは)、お母さんお父さんに愛してもらうこと。
だから、「そういうこと」にするしかなかった。
「きっと自分は愛されない人間なんだ」
「きっと自分は能力のない人間なんだ」
「きっと自分は価値のない人間なんだ」
→「だから自分は愛してもらえないんだ」
ということに、した。
ということに、自分自身を決めつけた。
そんなところから、証拠集めが始まったんだろうね。
「きっと自分は愛されない」というところから始まって、
「やっぱり自分は愛されない」
↓
「ほら自分は愛されない」
↓
「どうせ自分は愛されない」
そんな風に、証拠集めしているうちに
確認が、確信に変わっていったんだろうな。
そしていつの間にか、
自分で決めつけたことさえ忘れて、
そうであるに違いないと信じてる。
というか、「絶対そうだもん!」って拗ねるように信じてる笑
信じてるというより、
その自分への決めつけを
信じ込ませようとしてるんじゃないか?
(自分に対して、書きながらそんなことを思ったわ)
「だってあの時怒られたし!」
「だって頑張った時褒めてくれなかったし!」
「だって否定されたし!」
そこに、悲しみだったり、怒り、不安、寂しさが
消化未完了のまま残ってると
それを証明するために、見せつけるために
「だから自分は愛されない人間なんだ」
を握りしめて、信じ込もうとしてるんだろうな。
あのとき、あの出来事での気持ちが、
消化未完了だからこそ、
思い込みを信じてるというよりも、
その思い込みを、信じ込ませようとしている
記憶ってのは、強い感情とセットになっていることが多い。
だからずっと、証拠集めしてる。
信じるために。
そうなんだ、って自分を信じ込ませるために。
ある意味、洗脳だわなw
あの時、あの瞬間に感じていた
悲しみ
怒り
不安
寂しさ
まずはそれらを消化してあげることも大切。
その気持ちがあったことを、まずは自分自身が受け止めてあげる。
気づいてあげて、認めてあげる。
それらの気持ちを、きちんと感じて吐き出して、
否定しないで、全部の気持ちに○をしてあげる。
それを繰り返していくうちに、
少しずつ緩んで、
フッと力が抜けた時、
「もう、信じ込ませなくてもいいか」
「もう、勝手に自分のこと決め付けなくてもいいか」
「別の楽しい方信じてみてもいいか」
そんな風に思えたら、
きっと、少しづつ変わっていくんじゃないかな。
思い込みがなかなか変えられなかったり、
消えなかったりするときって、
自分のこと責めたり
「自分ってなんてダメなんだろう」、
「なんて進歩がないんだろう」、
そんな風に思うことあるかもしれないけど、
きっとそこには、
あなた本心の本音だったり、
大切な気持ちが残ってるってことだから。
まずはそれを大事にしてあげようよ。
悲しかったもんは悲しかったんだろうし、
怒りたかったのは怒りたかったんだろうし、
寂しいのも、不安なのも、
全部受けて止めてあげようよ。
そしたらそこから、
また、新しい素敵な証拠を集めていこうね。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。