短編ポテトを注文する時に、注意すること
『ご一緒に、ポテトはいかがですか?』
深夜の店に、店員の、鼻にかかったアニメ声が響き渡る。
Mドナルドには、ポテトがある。
これが、私にとっての、Mドナルドの存在意義である。
Lテリアでもない、Mバーガーでもない、Mドナルドのポテトであることが重要なのだ。
中高生たちの、やり場のない欲望が撒き散らされる会話と、不揃いなジャガイモのような顔を凝視したくてMクナルドにくる者はおるまい。
一ヶ月、常温で放置しておいても腐らないというハンバーガーの、不思議さというより不気味な怖さを体感したくてMドナルドにくる者はおるまい。
深夜、東京郊外のMドナルドは、閑散としていた。
都心から30分。再開発が進む、若い夫婦が多いベッドタウンだ。
やけにインド人が多いことと、ヤンキー坊やが原付で叫び回ることを除けば、住みやすい街。
私は、昼から深夜までのコールセンター勤務を終えて、駅から自宅へ戻る折に、Mドナルドに寄ったのだった。
並ぶものもいない、注文レジの前に向かう。
『いらっしゃいませ。ご注文をお伺いいたします。』(スマイルぜろ円)
『そうだな、、、』
私は、レジの上に掲げられたメニューリストを見上げる。
決して、手元を見ることはない。
コールセンター勤務で、手元ばかり見ているから、もう、これ以上、下をみるのはこりごりだからだ。
『それじゃあ、、、照り焼きバーガーで』
『ご一緒に、ホタテはいかがですか?』
『はい、ええと、、ん?』
私は、聞き間違えたのかと思った。
今、ホタテって言った?ポテトじゃないのか。ホタテ、ホタテ、ホタテ、、、。
ホタテというと、あの、北海道で食べる、バターなんかをのせると美味しい、ホタテ?
『んと、ホタテ?』
『はい!ご一緒にホタテはいかがですか?』
私の耳は、一日電話応対をしていたせいで、誤作動を起こしている、というわけではなかったらしい。
Mドナルドには、ホタテがあるのだ。
ホタテが入荷されているのだ。
あの、カチカチの殻に包まれた、ホタテが、オホーツク海かアラスカから送られてきているのだ。
しかし、照り焼きバーガーと、ホタテの組み合わせ。
その食べ合わせ。
巻き起こるであろうハーモニー。
照り焼きというと、和風なので、ホタテには合うかもしれない。
それでいうと、魚ということで、フィレオフィッシュの方が懸命か。
しかし、牛肉を食べながら、ホタテ。
ジューシーに、ジューシー。
30秒ほどだろうか。私は、そこに立ちすくんでいた。
『それじゃあ、ホタテをつけてください』
『はい、かしこまりました。少々お待ちくださいませ。』
私は、ついでにビールも頼めば良かったと後悔した。
だが、ファーストフード店にビールなど、あるわけがない。
すると、店員が、何やら、レジの下の棚から、取り出した。
それは、大きな水中メガネだった。
店員さんは、曇り一つないスマイル(ゼロ円)のまま、その水中メガネについた太くて丈夫そうな黒いゴムを頭の後ろに回して装着した。
それって、、、海女さんってこと?
わたしは、声がでなかった。
あまりに驚いたのと、そんなものを被ろうというのにスマイル(ぜろ円)を崩そうとしない店員さんの瞳を、見つめることができないためだ。
昔、お父さんに、人とお話をする時は、目をみてしゃべりなさいと教えられた。
だが、今の私には、それは、難しかった。
お父さん、ごめん。
店員さんは、突如、しゃがみこんだ。
レジの前に立っていた私の視界から彼女が消えた。
5秒ほどだったろうか。
まるで、アメリカの荒野にあいた穴からでてくるプレイリードッグのように、ひょこっと、店員さんが現れた。
かさっ、と、乾いた音を立てて、店員さんが握っていた白い塊が、黒いトレーの上に置かれた。
私の視線は、その白い塊に吸い寄せられた。
『それって、、カキじゃない?』
店員さんは、はっと驚いた表情をして、両手を口のあたりに当てた。
それから、僕の目を見てにっこり笑った。
そのスマイルは、10万円くらいの価値があるように思った。