そう、早いものです。
私の実母がくも膜下出血で倒れて、急遽
実家に来て、そのまま
住みついてから、ちょうど
二十年経ちました。
母は、奇跡的に完全復活してくれたのですが
多分、その当時すでに体調が悪かった父の病気にきづけず、闘病の末
2年半後に他界。
12年後に主人、15年後(今から5年前)に母を見送りました。
慌てて実家にやってきた20年前の回顧です。
もちろん、普通に何度も
遊びに来ていたのですが
さて、「ここで住む」となると事情が違ってきました。
生活そのものは、父が配慮してくれたりでなんの不自由もないものでした。
しばらくは、私も長く住んでいた所へ戻ったり来たり
主人も二拠点生活だったのですが
父の病が発覚して、本格的に夫婦で移り住みました。
そこで、意外なことが
私達を悩ませました。
この辺りは、静かな田舎町ですが
防犯意識が凄く強くて、
窓という窓に外から見通せないブラインドを付けていて
その圧迫感、閉塞感が
地味に辛くなりました。
親には言いませんでしたが、その時
安定剤と眠剤を飲みました。どんだけ〜です。
しかし、長年の習慣ですから
急にやってきた私達が口をはさむような状況でもなく。
いわゆる看病というものは、苦になりませんでしたが、意外な所にですね、、、
そして夜が近付くと雨戸を閉めるのですが
雨戸の隅にくぎが打ってあって、毎晩両方の雨戸を針金でしっかりねじって止めるんです。
たまに
針金は、大きい台風が来た時だけで良いんじゃない?と言ってみましたが、暖簾に腕押しでした。
晩年
母は認知症になり
少しづつ、母の様子を伺いながらブラインドからレースのカーテンに変えましたが
その針金だけは覚えていて、最後まで
きちんと付けていましたね。

東の窓からみた空です。
20年前にこの景色を夢見ていたなんておかしな話です。
一人娘の私を嫁がせた後
父と母は
自分達が建てたこの家を
一生懸命守ってくれたのでしょう。
随分古くなりましたが
お陰様で、こうしてのんびりと住まわせてもらっています。
ありがとうございます🙏
💜end💜