ここ数ヶ月のこと。
妊娠したのですが、心拍が確認できず…稽留流産の確定となりました。
たくさん感じることがあり、そのままの思いを残しておこうと思います。
何度か診察に行って、成長が遅かったので「ダメかもしれないなぁ」とは思っていました。
なので、1〜2週ごとの診察の時期はずっと不安で、つわりもあって辛く、モヤモヤとしていました。
そんな時期を経て、いざ確定したらなんとも言えない寂しさが込み上げて、涙が出たと共に、不安がスッと消えていって穏やかになったんです。
一歳の娘の前にも1度流産を経験しているのですが、その時確定した時は、地獄のような絶望感に襲われたので、それとはとても違いがありました。
その穏やかさはどこからやって来たんだ?
と、考える間も無く、感じたのは
流産してもダメじゃなかった
流産は失敗ということじゃなかった
ということでした。
大丈夫だろうか、と不安を抱えながら過ごしていた時はずっと
流産とは、可哀想なこと
ダメなこと
不幸なこと
と、無意識に思い込んでいたんですねー。
人は存在しているだけで幸せで
何があっても大丈夫
この真理をこれまでの人生で
何度も感じて知っているはずだけど
元気でいて欲しい、という願いが強くなりすぎて
元気で育つことこそが良い、と偏っていってしまったんだろう。
元気で育つことこそ良いこと。
ということは、
流産とは悲しくて不幸なこと。
ということになるから。
その思考でいっぱいになっていました。
強く願いすぎて、偏ってしまうのも、元気に産んであげたい、という愛からスタートしてはいるからそれも仕方ないなぁと思うけれど。
でも、確定したら、わかった。
あぁ、違う、と。
寂しい、元気でいて欲しかった、残念…そう思う気持ちもあるけど、
どこか穏やかになっていく自分の体感があり
この体感を信じようと思いました。
残念だけど、それでも大丈夫だ、という体感。
それが、うんうん考えて出た答えではなく、
体感としてわかった、ということに感動さえしました。
考えるより先に、もう
「あ、ほんとに大丈夫」と思っている自分がいた。
大丈夫なんだから、悲しみを我慢する、というわけではないです。
何がどうあっても、大丈夫だよ、の中で
安心して残念がる、という感じ。
何があっても大丈夫、の感覚は
そう思えないこともたくさんある人生の中で
何度も「それでも大丈夫なのかもしれない」と
思っては、「いや無理」と繰り返し、
何かの瞬間に、心の底から
「あ、ほんとに大丈夫だ」という体感が訪れるんだろう。
こんな風に、考えるよりも先に、そうなっている。
辛い気持ちも感じたけど、大切な経験をしたように思います。
あと数日で手術。
また感じることがきっとあるだろうな。
