もっと愛されたい
大事にされたい
愛されてると感じることは幸せな気分だけど
なんでそんなに誰かから愛されたいのか?
こんな私でもいてもいいという安心感が欲しい
何でもやっていい許される存在でありたい
愛される女性として価値のある自分でいたい
とか多くの人が感じたことがあると思う
そして、これらは
「不安」から生まれる思いであることが多い
その不安は
「どうせ私は誰からも愛されない」
「どうせいつも後回しのどうでもいい存在」
とかっていう
前提をもっていることからくるもの
だからその根本の前提を変えない限りは
どんなに愛情貰っても満たされない
常にその前提がぴょこって登場するから
それをかき消すための愛情をくれないと
足りない状態になる
経験済。笑
その前提を
「愛されてないってほんと?」と疑ってみたり
「愛されてるかもしれない」という視点で日々を生きてみたり
そんな自分から変わっていくことで
愛されたいという
なんだか不安な気持ちが落ち着いていく
もう大分愛されてたんだなって安心できていく
数年前は私は「愛される私でいたい!!!」
って思っていたんだけど笑
最近はもうそんな風には思っていない
それは上に書いたように
自分の前提を疑ったりして
勘違いを終わらせることができた
というのもあるけど
自分への一つの問いかけがきっかけで
愛されたい状態が消えていった
それは
愛されて満たされて、価値ある私になれて
何でもやっていい許される存在になったら
私はどうしたいんだ?
という問い
それに対して出てきたのは
「私も惜しみなく愛したい」っていう気持ちだった
不安だから愛せなかったのか~
愛されていなければ愛せないって思ってるのか~
傷つきなくないもんね~
先にもらわないと愛情を差し出せないのか・・・
ケチだなー、せこいなーって思った笑
でもね、愛されれたいの本音は
「私は不安である」ということでもあるけど
そのもっともっと奥には
「本当は出し惜しみなく愛したい」という
愛にあふれた願いが自分にあったと知った
そう思ったらすごく嬉しくなって
愛されようとすることは
この願いに対して逆方向だし
遠回りだなって思った
それに気づいた後は
何か特にやった行動はないけど
愛されることについて考えることや
悩むことが格段に減った気がする
自分の本音ってピュアでふわふわしてるなぁ
照れくさいこの本音を
ずっと大事に持ってたいと思う

