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大型の総合病院への紹介状を書いてもらい、予約をして、
ようやく診察をしてもらったのは
すぐに停留精巣と診断され、担当の先生からは、
「何で今まで気付かなかったのですか?」という雰囲気で聞かれました。
(いえいえ、ずっと気にしていました。)
ちなみに、停留精巣ですが、
その精巣(タマタマ)が横向きになっていたので、
袋を触った感じでは、2つあるようにも思えました。
実際にはもう片方は鼠径部(そけいぶ)あたりで停留していて、
指で押し付けながら転がすように降ろしてこないと袋まで降りてこず、
手を離すとまた上に戻ってしまう状況でした。
停留精巣は、気付かずに放置していると
悪性腫瘍化してしまったり、
そもそも精巣が成長しないなどの問題が発生してしまいます。
診断日の2ヵ月後、ちょうど3歳の誕生日月に入院、
手術することが決まりました。
診察中はタマタマを触られて、
くすぐったいと無邪気に笑っている姿と、
麻酔をしての手術という、
とても不安な状況のギャップが印象的でした。
手術は、
①鼠径部と袋を切開して、
②鼠径部からタマタマを降ろして、
③袋の部分に固定する
という流れです。
■手術までの準備
手術の2週間前、入院の事前検査で、
また、一番気になる全身麻酔についても説明を受けました。
また、水ぼうそうの予防接種は
指示を受けました。
インフルエンザも、2回、入院までに受けました。
手術は2泊3日。
初日のお昼過ぎに入院して、そのまま前日検査。
2日目の手術当日は約1時間の手術。
3日目のお昼には退院という、スケジュールとなりました。
風邪をひいてしまうと、
体調管理は手術月に入ってから、
はしか、ふうしん、水ぼうそう、おたふくかぜは、
■手術当日
手術当日は朝6時に起きて浣腸で腸をキレイにします。
手術の10分前には眠気を誘う薬をスプーンで飲みます。
そして、頭がぼーっとしてきた状態で手術室へ。
手術室では、まずは麻酔のマスクをします。
この時にマスクの香りを選ぶことができました。
(大好きなイチゴを選びました)
手術室には、CDと人形を持ち込むことができました。
大好きなプラレールの音楽を流してもらって、
お気に入りのぬいぐるみを枕元に置いてもらいました。
手術は約1時間。
待っている時間はとても長かったです。
結果は無事完了。術後にすぐに内容を説明をしてくれました。
手術から30分後、麻酔から目を覚ますと、
大泣き(絶叫)をしました。
両手両足をベッドに固定されて、
落ち着くまでに1時間かかりました。
落ち着いてからは、
結局術後6時間後におやつを食べて、
食事もちゃんと食べました。
食事を取るともう歩きたがって、
夕方は病院の中のプレイルームでずっと遊んでました。
■退院~経過観察
手術の夜。
こともありましたが、
朝ごはんも完食しました。
本当にあっという間でした。
股間を強打しないように気をつけてとだけ言われました。
その後、1週間後、1ヵ月後、半年後、1年後と4回経過観察を
しましたが。
■小さい子の入院は大変
今回の入院は2泊3日でしたが、小さい子は夜が大変です。
ベッドの転落防止の柵は、
ベッドはできるだけ低くし、
3歳になりたてで、
2泊3日、全く寝ずに横に座っていました。
添い寝の問題もあり、部屋は個室料金を払いました。
手術代の自己負担は一切ありませんが、
個室料金だけは4~5万、
そしてもう1つが、術後の静養です。
股間を強打しないように、と言われましたが、
小さい子なので、
シーソーなど、
1ヶ月程度はできるだけ回避するように注意しました。
遊び盛りなので、
何だか解らない状況で目が醒めたりして、
大混乱をきたします。
可愛そうではありますが、
できるだけ小さい時に手術できた方が良いと思います。
妻の妊娠が判明した時、
同時に、子宮の入り口にポリープがあることも判りました。
妊娠によって子宮への血液量が増え、
そのポリープも大きくなり、
婦人科で2回目の診察の際には
親指くらいの大きさになっていました。
ポリープが良性なのか悪性なのか(癌なのか)
初期診断では正確なところがわかりませんでしたが、
ポリープの大きさと場所から、
場合によっては安定期に入ってから切除が必要かも知れないと
言われました。
切除自体は日帰り手術で、特に痛みもないと
説明を受けました。
また、特に大きくならなかったり、出血を伴わない場合は、
そのまま出産まで切除をせず、
出産の際に一緒に取れてしまうこともあるとの説明を受けました。
ただし、ポリープの場所が子宮入り口に巻き込むような
形状だったため、出産までのリスクが高いと判断され、
少し離れた大病院を紹介されました。
ちなみに、ハイリスクと判断されたため、
里帰り出産は担当医からも止められました。
長時間移動すること自体もリスクが高いのと、
里帰り出産予定の病院名を伝えたら、
それほど規模が大きくなく、
体制が不十分なことに、懸念があると伝えられました。
紹介された病院で精密検査をしたところ、
ポリープは陽性であることがわかり、
また、大きさも落ちつき、場所としても問題ないと判断され、
ポリープの切除は見送られました。
その後、切迫早産で入院したため、
ポリープの存在どころではなくなってしまいましたが、
出産後、担当医にポリープのことを聞いたところ、
「あ、そういえば、無くなってますね。」
と軽い答えが返ってきました。
おそらく出産時に取れたんだと思いますが、
妊娠発覚時にいろいろ悩んだことなので、
ちょっと拍子抜けしてしまいました。
「たまろう」の自治体では1歳検診がありません。
検診での計測結果ではありませんが、
体重は約9kg、身長は69cm近くでした。
体重は発育曲線の下から30%程度で変わらず、
身長は発育曲線の一番下よりちょっと低いくらいです。
低出生体重児でしたが、
1年経って、体重に関しては通常になりました。
身長は相変わらず小さいですが、
それ以外は特に問題はありません。
予防接種も定期・任意を含めて全て
スケジュール通り受けました。
歯も1歳の時点で6本(上4本、下2本)生えていますし、
髪の毛もそこそこ生えています。
歩くまでは至っていませんが、
つかまり立ちやつたい歩きは自由自在にしています。
1歳の誕生日。
そろそろファーストシューズをと思いましたが、
身長が低いからか、足のサイズが10cmちょっとしか
ありません。
ファーストシューズを探してみて気付いたのですが、
だいたい11cmくらいから用意されているものが多いようです。
部屋で歩く練習をする際に履くものでもあるので、
大きいと脱げてしまいますし、
そもそも足にもよくありません。
時期的に冬に差し掛かる頃に1歳になるので、
外出の時、靴を履いていないと足先がとても寒そうです。
靴を買いたいのですが、足のサイズに合ったものが
なかなか売ってなく、とても困りました。
結局、限られた中からにはなりましたが、
想い出に残る一足を買うことができました。
1ヶ月検診の時、担当医から
「いちご状血管腫」が左の脇腹にあることを
教えてもらいました。
指摘されるまで特に意識していなかったのですが、
確かにかさぶたのような痣(アザ)がありました。
いちご状血管腫は、血管がちゃんと生成されずに
表面に残っているもので、1年もすれば薄く消えてきて、
小学生に入る頃までに完全に消えると説明を受けました。
タレント等になる理由でどうしても消したい場合は
手術も可能と言われました。
37週と比較的早くうまれたことで、
組成の部分でいろいろ不十分なところがあるのかと
思いますが、幸い脇腹と気にならない箇所だったので、
そのまま様子を見ることにしました。
「たまろう」の場合、1年経って、
ほとんど痣(アザ)とわからないほど
赤かった部分も色が消えました。
切迫早産での入院。
出産時、帝王切開になるのか自然分娩になるのか、
妻はとても気にしていました。
担当医師からは、
・正期産(37週以降)よりも前の場合は帝王切開
・正期産でも逆子の場合は帝王切開
とだけ言われていました。
妻の場合は、37週に入ってすぐの出産でしたが、
2度なった逆子も31週で治り、
正期産のため、何の問題もなく自然分娩となりました。
切迫早産の場合、子宮口が開いている場合が多いため、
安産になりやすいという話を聞いていましたが、
妻の場合も、分娩時間は3時間50分でした。
子宮口は34週に3cm、36週に4cmとなり、
37週の出産直前、陣痛が始まる前に5cmという状態でした。
陣痛促進剤を点滴してから50分程度で陣痛開始と判断され、
陣痛が始まってから1時間程度で子宮口が10cmとなり
分娩室への移動となりました。
陣痛時にマッサージしようと
テニスボールを用意していましたが、
あまりに早く分娩の準備が出来てしまったため、
全く使うことなく分娩室に移動になってしまいました。
妻の場合は運良く自然分娩となりましたが、
入院時に看護師さんに聞いたところ、
切迫早産で入院している妊婦さんの半分は
最終的には帝王切開になってしまうそうです。
正期産に達しない、逆子等の理由もありますが、
お腹の赤ちゃんが小さいため、
長時間の分娩に耐えられないと判断されるケースも
あるようです。
低出生体重児の場合、
ミルクを飲むのはとても大変。
どうしてもミルクの量は少なくなってしまいます。
ミルク缶に記載されている量は
あまり参考になりません。
完全ミルクに近い「たまろう」の
ミルクの量は以下の通りでした。
・生後2週間
01時(60ml)
04時(60ml)
07時(60ml)
10時(60ml)
13時(60ml)
16時(60ml)
19時(60ml)
22時(60ml)
⇒ミルク回数8回、合計 480ml、うんち1回
※3時間に1回、コンスタントに飲みました。
・生後1ヶ月
02時(80ml)
06時(80ml)
10時(80ml)
13時(80ml)
16時(80ml)
19時(80ml)
22時(80ml)
⇒ミルク回数7回、合計 560ml、うんち2回
※1週間で10mlずつ増え、1回で80mlになりました。
時々4時間間隔になる時があり、1日7回のミルクに減りました。
・生後1ヶ月半
01時(110ml)
05時(100ml)
08時(100ml)
11時(100ml)
15時(100ml)
18時(100ml)
21時(110ml)
⇒ミルク回数7回、合計 720ml、うんち2回
※同じように1週間で10mlずつ増えました。
時々10ml程度多く飲む回がありました。
・生後2ヶ月
04時(140ml)
07時(140ml)
10時(140ml)
13時(140ml)
16時(140ml)
19時(140ml)
23時(140ml)
⇒ミルク回数7回、合計 980ml、うんち2回
※一度に飲む量が一気に増えました(それでも
標準よりは少ないと思います)
・生後3ヶ月
(パターン1)
03時(120ml)
07時(120ml)
10時(100ml)
12時(120ml)
14時( 60ml)
16時(110ml)
19時(130ml)
23時(100ml)
⇒ミルク回数8回、合計 860ml、うんち1回
(パターン2)
07時(120ml)
10時(160ml)
14時(140ml)
18時(140ml)
23時(140ml)
⇒ミルク回数5回、合計 700ml、うんち1回
※日によって飲み方が変わりました。
回数は多いですが飲む量がバラバラな日と、
回数は少ないですが飲む量は多い日があり、
毎回ミルクの量が読めず大変でした。
飲み残しも多くなりました。
・生後4ヶ月
07時(120ml)
11時(150ml)
15時(150ml)
17時( 90ml)
19時(130ml)
23時(130ml)
⇒ミルク回数6回、合計 770ml、うんち2回
※ベースの量は少し減りましたが、1日の回数が
6回とコンスタントになりました。
量は毎回バラバラでした。
・生後5ヶ月
07時(160ml)
10時(160ml)
13時(160ml)
16時(160ml)
19時(160ml)
22時(160ml)
⇒ミルク回数6回、合計 960ml、うんち2回
※ベースの量が再び増え、回数と量、時間間隔が
ほぼ毎日同じになりました。
低出生体重児の「たまろう」は、
自治体の3-4ヶ月検診とは別に、
GCUに入院していた病院で
生後4ヶ月半に検診を行いました。
もともと1ヶ月検診の時に、
成長に問題がないと判断できるまで、
定期的に通院するように言われていました。
発育曲線にプロットしてみると、
身長は領域の一番下ギリギリ、
体重は小さいほうから1/3程度でした。
同じ月齢の赤ちゃんと比べると
明らかにサイズが小さいですが、
幸いなことに小さい以外に問題はなく、
以降の検診は不要となり、
通院からの卒業となりました。
うまれた直後からGCUでお世話になった病院。
妻は切迫早産で3ヶ月入院した病院。
卒業はもちろん嬉しいですが、
あまりに思い出が多すぎて、
少しばかり寂しい気もします。
ただ、病院に行くと、
「たまろう」よりも明らかに
大変な状況だと一目でわかる赤ちゃんを
たくさん見かけます。
大病院に通院して定期的に検診して
もらえればきっと安心できると思いますが、
「たまろう」よりももっと
病院を必要としている赤ちゃんに
場を譲るのも大切なことだなと感じました。
低出生体重児でうまれると、
身長や体重がとても気になります。
体が弱いのでは?肌が弱いのでは?と
いろいろ心配になってしまいます。
身長や体重。
ただでさえ大変な育児。
そこにさらに
プレッシャーを感じるのは良くないと考え、
出来る限り身長や体重を測らないようにしました。
赤ちゃん専門店に行くと、
身長や体重を計測できる機器が
当然のように置いてありますが、
検診の時以外は計測しないようにしました。
少しでも早く大きくなって欲しいからと
無理やり多くミルクを飲ませてしまったり、
ミルクを残すことに敏感にならないように
するためです。
体が弱いのでは?
風邪をひきやすいのでは?
ちょうどうまれてから冬を迎えることもあって、
とても心配で、人一倍気をつけたつもりです。
加湿器や空気清浄機、手洗い消毒等はもちろん、
クレベリン設置等々、
考えられる予防策はすべて実施しました。
親が風邪をひいてしまっては元も子もないので、
インフルエンザの予防接種や、
免疫力が低下する飲酒は控えました。
努力が報われて4ヶ月で卒業できたのか、
特に神経質にならなくても同じ結果になっていたのか、
それは誰にもわかりませんが、
ようやく発育曲線のレールにのせることができました。
もちろん一度発育曲線の範囲に含まれたからといって、
油断は禁物ですが、
ひとつ大きなプレッシャーから解放されたのは確かです。
これからは、これまで同様注意をしながらも、
少しでも多くの経験を「たまろう」ができるような
子育てをしたいと思います。
「たまろう」は出生児の体重が2,200g強、身長は44cm強でした。
これは発育曲線の範囲で一番下のギリギリの値です。
1ヶ月検診。
体重は1日あたり30~40g増加するのが理想のようですが、
それは低出生体重児の場合も同じです。
「たまろう」は1ヵ月後、ちょうど1kg増の3,200g強、
身長は49cm強でした。
担当医からは「小さいほうから10%くらいの順番です。」
と言われました。
3-4ヶ月検診でも、
体重、身長の増分はほぼ同じで、
体重は6,000g弱、身長は58cm強でした。
いずれも発育曲線では下の方、
小さいほうから10%くらいは変わりません。
発育曲線はどうしても気になってしまいますが、
普段からあまり体重や身長を測らずに、
生活の中で変にプレッシャーを感じないようにと心がけています。
そもそも数ヶ月で約1kgというスタートで遅れた
部分を追い越せるわけがありませんし、
逆に、急激に発育曲線の傾きが大きくならないように
注意をしています。
大きくさせようと無理にミルクを飲ませたりせずに、
好きなだけ寝て成長できるように
生活のリズムを作ってあげることに注力しています。
妊娠糖尿病の食事はシンプルそのものです。
妻は1800kcal制限でしたが、
一週間のメニューは以下のようなものでした。
・1日目
(朝)ごはん、味噌汁、生揚煮付け、お浸し、たいみそ、牛乳
(昼)バターロール、ジャム、ローストチキン、マカロニサラダ、キウイ、紅茶
(夜)ごはん、白身魚、甘酢餡かけ、ナムル、スープ、バナナ
・2日目
(朝)ごはん、味噌汁、大和煮缶と蒸野菜、お浸し、ヨーグルト
(昼)ごはん、鰆照焼、お浸し、ひじき豆、オレンジ
(夜)ごはん、芙蓉蟹餡かけ、サラダ、スープ、さつま芋甘煮、巨峰
・3日目
(朝)バターロール、ハムソテー、ボイルサラダ、コンソメスープ、ヨーグルト
(昼)ハヤシライス、サラダ、バナナ
(夜)ごはん、赤魚粕漬焼、炒り豆腐、南瓜煮物、お浸し、梨
・4日目
(朝)ごはん、味噌汁、卵とじ、お浸し、たいみそ、ヨーグルト
(昼)ごはん、鯖のトマトソース、さつま芋重ね煮、ツナサラダ、オレンジ
(夜)ごはん、鶏生姜焼、南瓜ソテー、すまし汁、巨峰
・5日目
(朝)ごはん、味噌汁、高野豆腐煮付け、お浸し、のり佃煮、牛乳
(昼)フランスパン、煮込みハンバーグ、ポテトサラダ、紅茶、キウイ
(夜)ごはん、鮭の幽庵焼き、大根おろし、煮物、甘酢和え、メロン
・6日目
(朝)ごはん、味噌汁、温泉卵、煮浸し、蓮根の金平、牛乳
(昼)きつねうどん、肉じゃが、オレンジ
(夜)ごはん、豚肉の香味焼、炒煮、のり佃煮、キウイ
・7日目
(朝)ごはん、味噌汁、鯵の干物、煮物、焼き海苔、牛乳
(昼)ごはん、チンジャオロース、ごま酢和え、たいみそ、バナナ
(夜)五目寿司、むつ煮魚、南瓜甘煮、すまし汁、オレンジ
メニューは1ヶ月で1サイクルで、3ヶ月入院していた妻は
ほぼ同じメニューを3回ずつ消化しました。
糖尿食は、塩分を控えるので、とにかく薄味です。
もちろんお菓子は食べられませんし、
味の濃いものが食事に一切含まれないのは、
入院前の生活からすると全く考えられないことでした。
同室の妊婦さんはほとんどが切迫早産でしたが、
妊娠糖尿病の妊婦さんは少数派でした。
妊娠糖尿病でない妊婦さんは、
自由にお菓子を食べることができたので、
部屋の向こうの方から、
「ポリッ、ポリッ」と美味しそうな音と匂いがし、
妻もとても辛かったと思います。
入院中は、栄養士の先生と相談して、
・ふりかけ
・無糖の紅茶や珈琲
・シュガーレスガム
は好きに口にして良いことになりました。
最初はこちら側も何も言わなかったので、
与えられた食事のみ摂取していましたが、
あまりにも辛いため相談したところ、
上記はOKになりました。
ふりかけは、いろいろな味を買い揃えて、
単調なメニューに小さな変化をもたらす、、
とても重要な役割を担いました。
見舞いの際は、もちろん、
妻の前で食べ物を口にすることは控えましたし、
会話の中で、「昨日●●食べた」等、
ストレスになるような発言は控えました。
逆に、面会中、妻の食事の時は
できる限り隣にいるようにし、
単調でつまらない食事が少しでも楽しくなるようにと
努力しました。
ただでさえカロリーが少ない制限食を残すことは
お腹の赤ちゃんに栄養を届けるためにも
できる限り避けたいものです。
とはいえ、単調なメニューや
絶対安静で動いていない身体では、
なかなか箸が進まないのも確かです。
ちょっとしたことだとは思いますが、
何とか前向きに、ストレスなく食生活を送れるように
することが、入院中、夫として努力したことの一つでした。