さ本日の朝食
いくらに、塩ウニに、イカの塩辛
オレンジジュースだと思ってたら、
トマトジュースでした!旨い!

フルーツも仁木産
後で、イカの刺身と
海老とアワビのグラタンもでてきました。
天気はイマイチですが、
最悪ではない…
神威岬へ向かう。
女人禁制の門で、門前払いを食らう…
強風ですか…
台湾の三仙台の灯台を思い出す絶景ポイント❣️
諦めて、電波塔跡を見ながら、
北朝鮮だの、ロシアだの、
過去の話だとは思えないよね。と呟く…
あー、あそこまで行けるのに…残念
早目に撤収したので、
暖かい…

ここは、りんごジュース会社の社屋だったとか
リタハウスは、
耐震性に問題があるとかで、入れません。

まっさんの像もあえます。
マッサン人気後は、
以前はなかった観光コースも増えた感じ
マッサンのお家
蔵の中は、素敵なウィスキーの香りが



で、お待ちかねの試飲⁉️
アップルワイン美味しかった🍷
買おうと思ったけど、重くてあきらた。
そして、ランチ寿司を食べて、
小樽経由で千歳空港にむかいました。
お腹ぱんぱん。
お寿司より、お蕎麦の方が美味しかった。
寒さのせいか…
余市駅の階段がオシャレ〜
wikiより
この付近は古くから海上交通の難所として知られていた。日高地方の首長の娘チャレンカが源義経を慕ってこの岬まで義経一行の後を追ってきたが、既に海の彼方へ去ったことを知って身を投げ、神威岩になったという言い伝えがある。チャレンカの嫉妬心が女を乗せた船を転覆させたことから、岬一帯が女人禁制の地になったとされる。もっとも現実は、和人が岬から奥地へ定住することで、ニシン漁を始めとした権益を損なうことを恐れた松前藩による規制と考えられている[4]。1855年(安政2年)に蝦夷地一帯が幕府直轄下におかれると女人禁制は解かれ、奥地への定住が進んでいった。
また、日露戦争時にはロシア艦隊の来襲に備えて監視所が設けられていた。