このブログを始めるきっかけにもなった疑問、和音、音の重ねあわせが、ある特別なものがどうして人間にきれいに聞こえるのか、光の重ねあわせの場合とはちょっと違って周期性があるし、これは物理学的な問題ではなく、生理学的な問題であることは想像できるんだけど???というのがあった。

 これに関して最近重音を弾きながら思ったことがある。一口に「きれいに聞こえる」と言ってしまうのは大雑把すぎるということだ。

完全5度は周波数比がオクターブの次に一番簡単なものですが、弾いててもあまり面白くないし短6度の方がきれいだと感じる。完全4度もいまいち。これは短6度が比較的弾きやすいからきれいに音が出せるということもあるとおもう。しかしもう一つは完全5度ほど二つの音の同一性がないのである程度二つの音に分離して聞こえ、それらの絡まり合いというか睦み合いが面白いんじゃないだろうか。どっちの音に意識を持って行くかで聞こえかたがちがう。完全5度だと音が似通い過ぎていて重音の面白さがない。単一の音のようなものだ。

 こう考えてくると、「和音は…」、と一口にいわないで「完全5度はどうして□□と聞こえ、短6度はどうして△△ときこえるのか」、というもう少し詳細な疑問として考え直した方がいいだろう。疑問を言語化するのは難しく、今はまだうまくできない。でも考えながら弾いているうちにまた何か適当な表し方を思いつくだろう。今回のように。

楽譜です。今日もきよしこの夜の練習です。

動画です。最近ゆっくり丁寧に弾くことを意識してたけど、とあるところで、ゆっくり弾く練習ばかりだと、「指の位置を体性感覚として記憶しにくい」と耳にしたので今回は割とさらっと弾いてみた。間違いが散見するけど。

 

 

注:丁寧体(ですます)と普通体(であるだ)が混じっているのは書いている時の気分の揺れにしたがったものです。