パソコンとケータイ。
かつてはそれぞれ別の分野(カテゴリー)で進化してきたものです。
スマートフォンが普及してきて、タブレット端末もぼちぼちな現在でも
一応、表向きは別の製品といえます。
少ない情報ではありますが、これら2つの分野は実はとても似たところがあります。
音について。
年号表と突き詰めてPCの歴史を手繰るというところまではしませんが、
かつてのパソコンはPCMという音源を使用していました。
いわゆる現在でもありますが起動時の「ぴーぽー」と言った音です。
この音には一応音階も作れ、鳴らすタイミングや回数などをプログラムすることができ
UIをわかりやすくすることで音楽作成ツールが出始めた時代です。
ただ、音の出せる音階や音の数には限りがあり、その中でいかに「音楽」っぽくするか
みんな苦労したものです。打楽器音がテクノっぽかったのもこの時代があってこそなのかも。
次に出てきたのがFM音源。電子音っぽい所は残るもPCMに比べたら音色が表現できるように
なってきました。コレにも同時発声数が限られているため、パーカッションをPCMに回すことで
より厚みのあるメロディを奏でることが可能になりました。
続いてMIDI。ある音をサンプリングしたものに音階を付けて発声させるもの。
より本物に近い音が出せる分、人が演奏していない不気味さもより感じる気がします。
現行の音楽作成ソフトにも多く用いられていますね。
次元はちがいますが普通のCDなんかも再生できるのが当たり前の現在ではこの歴史もまた
そんなことあったねーくらいの思い出なのでしょう。
画像について
パソコンが出始めた頃、本体とブラウン管が一体になっていて、画面も緑や白の文字、
といった形式でした。TVゲームも「テニス」的な何かなものがものめずらしかった時代です。
そこから色数が増え、「画素」という概念が生まれ、ブラウン管が姿を消し、今の形に。
ネット接続について
大学などによる学術ネットワークが基となっているとかどうとか。
最初は「音響カプラー」なる、固定電話機の受話器にがっぽりはめ込んで
送信と受信をその受話器がFAXのような音を出し、聞きやり取りを行っていました。
また「モデム」が出始めたのもこの頃。通信速度も時代とともに発展、デジタル化(INSネット)
も行われ、現在では光ファイバーによる通信も可能になり、より速度やデータ量が増しています。
と、ただただ当たり前のパソコンにまつわる歴史を振り返ってみましたが、
一方ケータイはどうでしょうか。考えてみてください。
着信音、画面、データ通信とどの歴史もパソコンと同じような道を辿ってきていませんか?
ただ、やはりケータイについてはパソコンのそれより数年ずつ遅れて発展しています。
なので、あぁ、次は画面の画素数が上がるな、とか処理速度が上がるだろうな、
通信速度UP来るでしょうとかそんな予想が気持ち悪いほど当たってきました。
が、しかしですよ。最近はどうでしょうか。
Windows8が出てきました。あの画面はどう見てもスマホじゃないかっとお思いの方も多いでしょう。
かと思えば、スマホにクァッドコア搭載とか言ってるじゃないですか。
ノートPCがタブレットPCを推す様になったので区別があああ!!
ついにパソコンの歴史を追従するしかなかったケータイの歴史が下克上?!
などと少しでも思ってしまってごめんなさい。それはまだのようです。
クァッドコアにしてもPCのそれとは1つずつの性能が全く違うんで。
やっぱり餅は餅屋なんですね。パソコン欲しけりゃパソコンを買えばいいんですよ。ね。
ケータイ会社が提供している端末で同じものを要求したら可哀相だということで。
なんでこんなことを書き始めたのかというと、持っている某タブレットの処理が
あまりにひどかったのでorz
日ごろ、こういう人は信じてはいけませんという文章を目にする。
「こういう」とはこういう行動をする人、こういう感じの人を指すと思われる。
それぞれ書く人がご自身の経験則からにじみ出てくる言葉でどの文章にも根拠が
どこにもないが妙な説得力があると思う。参考になる。
さて、そこまで書いておきながら、経験則から
「こういう人とは付き合わない」
というものをつらつらと書いてみようと思う。
これも根拠はなくデタラメに見えるかもしれないが。
ある日悶々と思い返してみると嫌な思いや痛い目に合わされた時の相手って
普段からこういうことをどいつも言ってたな、という話。
・「モス好きだわー。マックなんて食えたもんじゃない」
みなさんの身の回りにも一人くらいこんなことを言う人がいるのではないだろうか。
先にこの3つのファストフードについて個人的に語っておくと、
モスは注文してから出てくるまでが遅い、田舎に行くとドライブスルーがあるが、
出てくるまでが遅すぎて成立しないほど。ぜんぜんスルーできてないんだこれが。
マクドはは調子に乗ってセットや流行モノのバーガーさえ注文しなければ良心的かも、
そんなことはどうでもいい。
話の本質は、微妙なマイノリティを指して褒め、マジョリティーをけなすことで、
自身が「味のわかる人」「センスのいい人」を演じたいと考えての発言であるということだ。
ちょっと上にそれぞれについて語ったが味に関しては触れていないつもりだ。
バーガーだとマクドを引き合いに挙がる代表格がモス。最近はフレッシュネスバーガーもかな。
この2つを褒めておけば俺カッコイイとでも思ってるんだろうか。
大抵この輩にモスのどこらへんが好きなのか聞くとだいたいこう言うだろう。
「え?だってマック不味いじゃん?」
質問を質問で返すなと。もしくは、
「お前モスチキン食ったことねーの?超うまいんだぜ」
チキン褒めるならバーガー屋としてどうなのかと。微妙に話が噛み合わなくなる。
・嫌煙家
これって誤解されると困るのだが、自分が愛煙家で否定されてブチギレという話ではない。
昭和の古きよき時代を思い返してあああの頃はおおらかだったんだなとか回顧する気も無い。
健康促進法とかそういうあれのおかげで、肩身が狭い。
先に述べておくが、私はタバコを吸わない人が嫌いなのではない。
過度に煙を嫌う人・団体が嫌いなだけだ。
さて、この嫌煙。主張する人はだいたいが「受動喫煙のリスク」を盾に問答無用で
「俺の前で吸ってくれるな」という。
理屈はわかる。知らないうちに誰かのせいで予定より早く死ぬなんて嫌だ。
つまりはそういうことだろう。
それにしてもこの急激な世の中の流れは何か引っかかるものがあるんだ。
もっと根底にあるものがあるのではないかと思っている。それが
「けむいから」「くさいから」→タバコなんて吸う人はこの世からいなければいいのに。
もはや感覚、感情論だ。ただそれだけの動機に浮上した「受動喫煙」という話。
これ言っとけば吸っている人個人にさえ只今から正論が通るんだ。使わない手は無いだろう。
まー、数ヶ月禁煙したことがあったが、その時に近くでタバコを吸う人のにおいが酷かった。
なるほど、これは感情的にならざるを得ないな、と思った。また、復活した身としては
この先永遠に相容れ無いんだろうとも思った。
これとは何の関係もないが、一歩家から出ると、マナーについて過度に注意されていないか。
読めばなんだ当たり前じゃないかという言葉であふれかえっていると思わないか。
昔も多少はあった。なんだか俳句みたいな感じの標語が。小学生の頃よく書かされた。
小学生に辛らつな標語を出されると大人は身が縮むんだろうな。それを狙ってなのかな。
特に電車。車掌からの哀れなほどの長いアナウンス。そのうち、
「右手に見えますのは・・」なんてガイドでも始めるんじゃないかという勢いだ。
あんなに言われないと客は黙って乗っていられないのだろうか。
いつからこうなったんだろう・・その辺はまたいつか語ろうと思うが。
こうもうるさく言われ始めたのも禁煙・分煙の世の中の流れと同じ時期ではなかったかと思う。
また話が外れてしまったので戻そう。
・「風邪のときはね、尻にネギ突っ込むといいんだよ」
いきなりとんでもないことを断定で言われてもね・・という話ではない。
お題はいろいろある。「風邪」「しゃっくり」「眠い」「ダイエット」などなど、
健康に関する話題で、おばあちゃんの知恵袋的なものをあれこれ言い出す人。
こう言う人も信用できない。
なぜなら、高確率で提示した解決法を実施すらしていないからだ。
まさに人事、当人を本気で心配していないとしかいえないのだ。
わかりやすく一発目に「ネギ尻」を出したのはそのせいだ。
ちなみに私は尻にネギは試した。熱は下がらなかったが、とてもえっちな気分にはなったが。
とりあえず今思いついたのはこの3つ。また思い出したら書こうと思う。
「こういう」とはこういう行動をする人、こういう感じの人を指すと思われる。
それぞれ書く人がご自身の経験則からにじみ出てくる言葉でどの文章にも根拠が
どこにもないが妙な説得力があると思う。参考になる。
さて、そこまで書いておきながら、経験則から
「こういう人とは付き合わない」
というものをつらつらと書いてみようと思う。
これも根拠はなくデタラメに見えるかもしれないが。
ある日悶々と思い返してみると嫌な思いや痛い目に合わされた時の相手って
普段からこういうことをどいつも言ってたな、という話。
・「モス好きだわー。マックなんて食えたもんじゃない」
みなさんの身の回りにも一人くらいこんなことを言う人がいるのではないだろうか。
先にこの3つのファストフードについて個人的に語っておくと、
モスは注文してから出てくるまでが遅い、田舎に行くとドライブスルーがあるが、
出てくるまでが遅すぎて成立しないほど。ぜんぜんスルーできてないんだこれが。
マクドはは調子に乗ってセットや流行モノのバーガーさえ注文しなければ良心的かも、
そんなことはどうでもいい。
話の本質は、微妙なマイノリティを指して褒め、マジョリティーをけなすことで、
自身が「味のわかる人」「センスのいい人」を演じたいと考えての発言であるということだ。
ちょっと上にそれぞれについて語ったが味に関しては触れていないつもりだ。
バーガーだとマクドを引き合いに挙がる代表格がモス。最近はフレッシュネスバーガーもかな。
この2つを褒めておけば俺カッコイイとでも思ってるんだろうか。
大抵この輩にモスのどこらへんが好きなのか聞くとだいたいこう言うだろう。
「え?だってマック不味いじゃん?」
質問を質問で返すなと。もしくは、
「お前モスチキン食ったことねーの?超うまいんだぜ」
チキン褒めるならバーガー屋としてどうなのかと。微妙に話が噛み合わなくなる。
・嫌煙家
これって誤解されると困るのだが、自分が愛煙家で否定されてブチギレという話ではない。
昭和の古きよき時代を思い返してあああの頃はおおらかだったんだなとか回顧する気も無い。
健康促進法とかそういうあれのおかげで、肩身が狭い。
先に述べておくが、私はタバコを吸わない人が嫌いなのではない。
過度に煙を嫌う人・団体が嫌いなだけだ。
さて、この嫌煙。主張する人はだいたいが「受動喫煙のリスク」を盾に問答無用で
「俺の前で吸ってくれるな」という。
理屈はわかる。知らないうちに誰かのせいで予定より早く死ぬなんて嫌だ。
つまりはそういうことだろう。
それにしてもこの急激な世の中の流れは何か引っかかるものがあるんだ。
もっと根底にあるものがあるのではないかと思っている。それが
「けむいから」「くさいから」→タバコなんて吸う人はこの世からいなければいいのに。
もはや感覚、感情論だ。ただそれだけの動機に浮上した「受動喫煙」という話。
これ言っとけば吸っている人個人にさえ只今から正論が通るんだ。使わない手は無いだろう。
まー、数ヶ月禁煙したことがあったが、その時に近くでタバコを吸う人のにおいが酷かった。
なるほど、これは感情的にならざるを得ないな、と思った。また、復活した身としては
この先永遠に相容れ無いんだろうとも思った。
これとは何の関係もないが、一歩家から出ると、マナーについて過度に注意されていないか。
読めばなんだ当たり前じゃないかという言葉であふれかえっていると思わないか。
昔も多少はあった。なんだか俳句みたいな感じの標語が。小学生の頃よく書かされた。
小学生に辛らつな標語を出されると大人は身が縮むんだろうな。それを狙ってなのかな。
特に電車。車掌からの哀れなほどの長いアナウンス。そのうち、
「右手に見えますのは・・」なんてガイドでも始めるんじゃないかという勢いだ。
あんなに言われないと客は黙って乗っていられないのだろうか。
いつからこうなったんだろう・・その辺はまたいつか語ろうと思うが。
こうもうるさく言われ始めたのも禁煙・分煙の世の中の流れと同じ時期ではなかったかと思う。
また話が外れてしまったので戻そう。
・「風邪のときはね、尻にネギ突っ込むといいんだよ」
いきなりとんでもないことを断定で言われてもね・・という話ではない。
お題はいろいろある。「風邪」「しゃっくり」「眠い」「ダイエット」などなど、
健康に関する話題で、おばあちゃんの知恵袋的なものをあれこれ言い出す人。
こう言う人も信用できない。
なぜなら、高確率で提示した解決法を実施すらしていないからだ。
まさに人事、当人を本気で心配していないとしかいえないのだ。
わかりやすく一発目に「ネギ尻」を出したのはそのせいだ。
ちなみに私は尻にネギは試した。熱は下がらなかったが、とてもえっちな気分にはなったが。
とりあえず今思いついたのはこの3つ。また思い出したら書こうと思う。
閲覧者も何もないブログなのだが、続けて書いていこうと思う。
というか、前回、文字数行数が多くて省いた分だ、
「やっぱりこんな奴とは付き合わない」
・アンチ巨人ファン
ここ十数年プロ野球なんぞ観たことが無く、とりわけ巨人が好きというわけではない。
大阪に至っては読売新聞があまり売れないほどのアンチっぷり、というか阪神LOVEなのだろう。
彼らの言い分はこうだ。
お金で選手買った球団のどこがおもしろいのか
そのうえ買った選手を使い捨てる
ひいきの球団が他にある
いつも自分が中心と勘違いしている
江川事件など、選手獲得に汚い手を使う
これらも細かく分けると枚挙に暇が無いのだが、ざっくりこんな感じだろう。
一つ一つ論破してやりたい気持ちもあるが、テーマがもう何十年も議論し尽くされた御題、
こんな若造がその境地にたどり着くかわからないし。未熟者ゆえ。
もっと大まかに分けると、
他の球団が好き
野球に興味はないが、聞いた話だと巨人が好きになれない
生理的に合わない
のいずれかではないかと思われる。
ひいきがあるならばどうぞそのチームを応援するといい。
が、だからといって巨人を叩いていい理由にはならない。
駒がいいのは金主が金持ちだから、ただそれだけのこと。
悔しかったらオーナーの会社の売り上げに貢献してこい。
電車乗って来い、乳酸菌とって通販でハムでも食ってパケ死しろってなもんですよ。
野球に興味がないのに・・はその言葉そのもの点がひっかかる。
知らないのに良くない話を聞くのであればその出所はどこだろうか。
メディア?知り合いからの伝聞?
巨人のオーナー企業がそのメディアの頂点の部類に属するはずなのに自分の土俵すら
抑えられていないというのもなんとも皮肉な話なんだけどね。
我々一般人が本人(球団)に突撃して確実な情報を得ることができるわけでもないので
やっぱりメディアや伝聞しかソースはないのだ。あとはそれをどう解釈するかの問題だと思う。
他人と起こる言い争いもそうだ。片方の言い分を聞くと向こうが悪いと思い、逆もまたしかりである。
双方の話を聞いてようやくこうすべきだ、という道が見えてくるものだ。
しかしこの状況は双方を知り、平等な立場で一定の責任感を持つ者がいないと成り立たず、
多くの場合、そんな都合のいい話はないんだ。遅かれ早かれ待つのはどちらかかが折れるか決裂だ。
どこぞのタラコが言ったか言わずか、うそはうそであると見抜ける人でないと云々・・
つまり、その情報が正しいかどうかを見極める目が大事だと。
魚卵の分際でそんなことを上から言われるとカチンと来るが、まぁ正論だと思う。
そこで巨人の話に戻る。彼らが聞いたという「良くない話」のソースはマスコミか伝聞。
それらの情報の真偽、ソースの元の意図はどこにあるか、そこまで考えたことはあるのか、
という点についてよく考えてみていただきたい。
つまり「TVでみた」「人から聞いた」で思考を停止しているのではないかなと思う。
「生理的に合わない」それなら他の話題をしようと思うんだが、どういうわけか、
この手合いも他の話題も感覚や感情論が先に立つので「うん、そうだね」しか口を挟めない。
で、何故こういう人とは付き合わない、につながるのかというと、
単に「ひいきの球団が他にある」ならそれも尊重できるし、いいところを教えてほしいと思う。
「聞いた話だと巨人ってよくない球団だよね」という人にもうん、そうかもね、と流すことはできる。
が、アンチの人はもうどうしようもなく延々同じ事を言葉を変えて延々言い続ける。新橋あたりの
ヨッパライみたいなもんだ。しかも会話は否定語ばかりが続くので楽しくもなんともない。
だから付き合いたくない。
え?お前の文章も楽しくないって?
そりゃそうだろう、自分も自分が心底嫌いだからだ。
というか、前回、文字数行数が多くて省いた分だ、
「やっぱりこんな奴とは付き合わない」
・アンチ巨人ファン
ここ十数年プロ野球なんぞ観たことが無く、とりわけ巨人が好きというわけではない。
大阪に至っては読売新聞があまり売れないほどのアンチっぷり、というか阪神LOVEなのだろう。
彼らの言い分はこうだ。
お金で選手買った球団のどこがおもしろいのか
そのうえ買った選手を使い捨てる
ひいきの球団が他にある
いつも自分が中心と勘違いしている
江川事件など、選手獲得に汚い手を使う
これらも細かく分けると枚挙に暇が無いのだが、ざっくりこんな感じだろう。
一つ一つ論破してやりたい気持ちもあるが、テーマがもう何十年も議論し尽くされた御題、
こんな若造がその境地にたどり着くかわからないし。未熟者ゆえ。
もっと大まかに分けると、
他の球団が好き
野球に興味はないが、聞いた話だと巨人が好きになれない
生理的に合わない
のいずれかではないかと思われる。
ひいきがあるならばどうぞそのチームを応援するといい。
が、だからといって巨人を叩いていい理由にはならない。
駒がいいのは金主が金持ちだから、ただそれだけのこと。
悔しかったらオーナーの会社の売り上げに貢献してこい。
電車乗って来い、乳酸菌とって通販でハムでも食ってパケ死しろってなもんですよ。
野球に興味がないのに・・はその言葉そのもの点がひっかかる。
知らないのに良くない話を聞くのであればその出所はどこだろうか。
メディア?知り合いからの伝聞?
巨人のオーナー企業がそのメディアの頂点の部類に属するはずなのに自分の土俵すら
抑えられていないというのもなんとも皮肉な話なんだけどね。
我々一般人が本人(球団)に突撃して確実な情報を得ることができるわけでもないので
やっぱりメディアや伝聞しかソースはないのだ。あとはそれをどう解釈するかの問題だと思う。
他人と起こる言い争いもそうだ。片方の言い分を聞くと向こうが悪いと思い、逆もまたしかりである。
双方の話を聞いてようやくこうすべきだ、という道が見えてくるものだ。
しかしこの状況は双方を知り、平等な立場で一定の責任感を持つ者がいないと成り立たず、
多くの場合、そんな都合のいい話はないんだ。遅かれ早かれ待つのはどちらかかが折れるか決裂だ。
どこぞのタラコが言ったか言わずか、うそはうそであると見抜ける人でないと云々・・
つまり、その情報が正しいかどうかを見極める目が大事だと。
魚卵の分際でそんなことを上から言われるとカチンと来るが、まぁ正論だと思う。
そこで巨人の話に戻る。彼らが聞いたという「良くない話」のソースはマスコミか伝聞。
それらの情報の真偽、ソースの元の意図はどこにあるか、そこまで考えたことはあるのか、
という点についてよく考えてみていただきたい。
つまり「TVでみた」「人から聞いた」で思考を停止しているのではないかなと思う。
「生理的に合わない」それなら他の話題をしようと思うんだが、どういうわけか、
この手合いも他の話題も感覚や感情論が先に立つので「うん、そうだね」しか口を挟めない。
で、何故こういう人とは付き合わない、につながるのかというと、
単に「ひいきの球団が他にある」ならそれも尊重できるし、いいところを教えてほしいと思う。
「聞いた話だと巨人ってよくない球団だよね」という人にもうん、そうかもね、と流すことはできる。
が、アンチの人はもうどうしようもなく延々同じ事を言葉を変えて延々言い続ける。新橋あたりの
ヨッパライみたいなもんだ。しかも会話は否定語ばかりが続くので楽しくもなんともない。
だから付き合いたくない。
え?お前の文章も楽しくないって?
そりゃそうだろう、自分も自分が心底嫌いだからだ。