Re:Re

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生きてく中で思ったこと。おれが思った物語とか書いたりします。

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とっても暗い。

街灯がない街並みに、そう吐き出して見せる。
夜の道路は、冷たいアスファルトの目線で心がまいりそうだ。

車のラジオから、今流行りの曲が流れてる。
空気を読んだ選曲は、悲しいラブソングである。

どうやら、アスファルトとラジオは友達らしい。

2人して、おれを追い詰める計画だ。



おれの右足は、ラジオのラブソングみたいに
家が恋しくてたまらないらしい。
2人の計画に負けることなく会社からの帰宅を急いでいる。

15年前の骨董品はぎゅるぎゅる音をたてながら、
愛する家へ走っていく。




あぁ、なんて不幸なんだ。



おれの心の中はそんな感情でいっぱいである。


世の中は不平等。アンフェアである。
これは、この前見た映画の主人公の押し売りだが。

「お前より不幸なやつなんて!いっぱいいるんだ!頑張れよ!」

うるさいよ。
思わず突っ込んでしまった。


世の中は不平等だ。
アフリカの貧しい子供たちは不幸だ。かわいそうだ。
と、定義される。
地震に被災した人。親を事故で亡くした少年。

確かに不幸なのかもしれない。




しかし。
これは世界規模。いや、おれが名づけるに。

「絶対的不幸者」

である。
生まれながら、突発的に、不幸になる。
不幸な事態が起きる。
これは、ある種の悲劇であると考える。うん。



ここで、家へ急ぎ足で帰っている男の例を見てみよう。

親も兄弟もいる。祖父母も存命だ。
高校を卒業して、就職した。
裕福ではないが、世間一般では、


幸せ。

である。
だがしかし。

中学の時にいじめを経験した。
高校では、信じていた友達に裏切られた。
社会人になると、毎日、夜遅くまで働き、終わることのない仕事に
身を挺している。
興味もない会話に笑顔で接し。
したくない仕事に一生懸命、時間を浪費する。
高くない給料をやりくりしながら、
少ない友達とご飯を食べる。
友達とも本音では話さない。
気を使い。嫌われたくないと、願う。
親にも心配をかけたくはない。
連絡を取り合う女の子もいないが、
モテそうなオーラを出して安心させておく。
あ、昨日SNSで知り合った子からは、連絡が途切れたところだ。

こういう奴はどうだ?
幸せなのだろうか。


いや、違う。


おれみたいな奴のことを、

「事実的不幸者」

という。


誰からも不幸だとは理解されない。
募金も集まらない。
救済されない。




でも、平等に生きて行けと。社会に送り出された。




実に。
アンフェアである。


実に。
不幸である。





おれ、篠崎 有(しのざきゆう)は、救済されない。
哀れな、「事実的不幸者」である。




こうして、毎日不幸であるという事実と共存した生活を送る。
どれだけ頑張っても救われない中で。
生きていくしかないのだ。
これが、どんなに苦しいことか。
同じ不幸者ならわかることだろう。


あぁ、不幸だ。


そう。おれは不幸なのだ。



でも、神様はアンフェアの中に平等なルールを作ったらしい。



これは、そんなおれの不幸と戦った物語。


奇跡なんておきない。


これは、不幸な男の人生に起きた、


たった一度の。


救済。の物語である。