大学いも | リチャードの自己満足ブログⅡ

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皆さん、
おはようございます(^^)

夜中に大学いも食べたんですけど
真夜中にUPするのは
皆さんの食欲をそそりそうで
心苦しかったんで止めときましたww

大学いもって
なんで大学いもっていうのか
知っています?

ちょっと調べてみました。


大学芋という名は、大正から昭和にかけ て、東京の神田近辺(学生街)で大学生が好んで食べていたため、ついたといわれる [1] 。また、昭和初期に帝国大学の学生が学費を捻出するためにこれを作って売ったのが名前の由来だという説もあるが、大学芋のメーカーである台東氷業 (東京都台東区雷門)の話では、帝国大学の赤門の前に三河屋というふかしいも 屋があり、大正初期に蜜にからめた芋を売ったのが大学生の間で人気を呼びこの名がついたという。三河屋は、1940 年(昭和15年)まで門前で営業していた。また、早稲田大学のある高田馬場周辺が発祥であるともされる。 [3]

もともとは、中華料理であった可能性がある。家業が焼き藷屋である奥村繁次郎が1912年(明治45年)に著した『実用家庭支那料理法』 [4] に「蜜濺紅芋」 (ミーチエンホンユイ。正しい中国語では「蜜餞紅薯」(ミーチエンホン シュー)とすべきである)という料理が 掲載されており、甘藷の砂糖蜜がけと説明されている。これに記載された作り方 は、皮をむいたサツマイモをラードできつね色に素揚げしておき、別途鍋で煮た砂糖汁を糸がひく程度にまで煮詰め、揚げたサツマイモを投入してから、くっつかないように冷やすというもので、ゴマをまぶさない以外はほぼ大学芋である。

なお、1898年(明治31年)に平出鏗二郎が書いた『東京風俗志』では、東京の 焼き藷の売り方として「丸焼・切焼・胡 麻塩焼の類あれども、京阪に見るが如く 輪切にして焼き、醤油を塗れるものなし。近時京都焼きと称して、間々これを 学ぶものあれども、多く行われず。 」 [5] と記しており、明治時代にサツマイモにゴマを合わせることは一般的であったことと、焼き藷屋が味付けをすることが始まっていたことが知れる。


だそうです。

最近では、
お店で(中華料理)
大学いもを頼むということはないけど
子供の頃は、大学いも
黄金色した蜜が
たまらなく美味しそうで
よく食べていましたね(^з^)-☆