花咲く日本になるか? | 富士山ノート

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あなたの心にいつも輝いていたい…

2020年の東京オリンピックの招致が決まりました。


今年はこれで2つ目の希望ある大きな決定がもたらされましたね。


もちろん1つ目は「富士山世界文化遺産登録」。そして今回の東京オリンピック招致決定。





1964年の東京オリンピック。私は9歳の小学生。


当時、東京で暮していた私が唯一この目でみた競技がマラソン。


記憶はおぼろで鮮明には覚えていませんが、覚えているのは


当時のコース・甲州街道沿いを独走で走っていたのが裸足の金メダリスト・エチオピアのアベベ。


そして後続の円谷幸吉の走る姿だけは鮮明に記憶しています。


国立競技場に入るまでは2位だった円谷はトラックでイギリス選手に抜かれ銅メダル。


しかし東京オリンピックの陸上競技で日の丸を揚げたのは円谷ただ一人。


子供心に嬉しさが込み上げたのを思い出します。


その後、悲運にも金メダルのアベベは交通事故が元で41歳で病死。


円谷に至っては銅メダルが仇となって様々な苦悩の末に4年後に自殺。


“華のオリンピック”は“墓のオリンピック”の感がありました。


あれから半世紀。正直、生きている間にオリンピックが再び、


それも同じ東京で開催されるとは夢にも思っていませんでした。


これから7年間、日本はオリンピックに向けて特需が期待されます。





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2020年東京オリンピックのポスターを飾る花のように


花咲く、華咲く日本の景気に、そして生活が上向いてくれることを願うばかり。

2020年は私の引退(定年退職)の年。


元気に生きてオリンピックを見に行けるよう頑張らねば!