王子様のペギルチャンチ(100日祝)が盛大に終わって、明るい雰囲気が漂っている王宮。



そんなある日、なんと、オレに王様からのお召しがかかった。





……     !!?





……何だろう?何かしたかな??


身に覚えはないけど……あぁ〜





戦々恐々と康安殿(カンアンデン)へ行ってみると、




「チョン武官、来たか。早う入れ」と、王様の弾むようなお声が——




どうやらお叱りではないらしい……



それでも恐る恐る中へ入ると、そこには先客が居た。



目に入ったのは、大柄な体躯に、法衣と袈裟——



オレはとりあえず、黙ってその僧の隣に並び、主君へ低頭した。




「チョン武官。この者を覚えておるか?」

「は…」



王様の問いに、坊主に知り合いなんていないけどな……と思いつつ、オレはゆっくり顔を上げ、隣の僧の顔を見る。



すると僧は、顔中にぎゅっ、と皺を寄せ、笑っ言った。



「お久しぶりぶりです。武官様」


「え…?」



だから、坊主に知り合いは……




オレがいつまでも、ぽかん…としていると、僧は、え?という顔をして、



「お忘れですか?興王寺で、あの…ご一緒に」


「——あ!」



王様をお助けした時の——



「あぁ……申し訳ないが、あの時は必死だったので、顔を覚えておらず……」

「いいえ、拙僧の顔など。ですが私は、あなた様のお顔を覚えておりましたよ。何しろ、私の命の恩人ですから」

「え?   ……あっ、申し訳ございません、王様!」



ここでオレは、王様の御前だということに改めて気付き、慌てて王様へ頭を垂れた。


隣の僧も同様に畏っている。



王様は楽しそうにお笑いになって、



「構わぬ。あの夜、余を救い出してくれた2人だ。目の前で交流するのを見るのは、余も嬉しい。2人共、よう助けてくれた。改めて礼を言う」


「とんでもございません」

「勿体ないことでございます、王様」


「今まで興王寺では、国中から僧を集め読経させておったが……有り難い事に、王子も無事に生まれ、王妃の経過もすこぶる良い。

ただ、いつまでもみなを興王寺に詰めさせてもおけぬ。そこで此度、褒賞を与えて、僧達をそれぞれの寺へ戻す事にした。

だがこの者は、褒賞は要らぬ故、都に残りたいと申してな……余の命の恩人ゆえ、興王寺へ残す事にしたのだ」

「左様でしたか……あっ、ですが、私が命の恩人というのは…?」



すると、隣の僧が、ここぞと口を開く。



「あの折、どう見ても怪しい者だった私が、斬られず命ながらえましたのは、チョン武官様のおかげだからです。ぜひお礼を申し上げたく……褒賞はご辞退申し上げましたが、王様にチョン様と会う機会をと、お願いした次第——」



遍照(ピョンジョ)と申します。お見知りおきを——



僧は名乗って、オレに深々と頭を下げた。





…………………………………………………





共に康安殿を辞し、何となくそのまま一緒に王宮内を歩く。



特に口を聞くでもなかったが、ちら、と目を遣れば、僧は、満面の笑みを向けてくる。



……不思議な坊主だな。




そうだ、不思議といえば——



オレは、引っ掛かっていた違和感を思い出し、尋ねてみる。




「あの時……御坊はどうして、オレが王様をお護りする者だと思ったんだ?」




“あなたは王をお護りする方(かた)か?それとも、王を変えようという方か?”



あの時、僧は壁を破壊しながらそう言った。



そして、何故か、オレを“王を護る側だ”と——




遍照は足を止め、ああ、それは…と呟いて、



「もし、謀反を起こした側であれば、一介の坊主など、気にも止めずに斬り殺していたでしょう。ですが、あなた様は私に向かって“何をしているのか”と、お尋ねになった。私の行動が王様の為か否か、確かめようとなさっていた。だから、お味方だと思いました。

逆に伺ってもよろしいですか?怪しいと疑われた私を、何故、味方だとお認めくださったのか」



壁を壊して薬師堂に押し入る形になって、当然、アン内官と王様に敵かと疑われた……それを、オレは、この者は大丈夫だと、言ったのだ。



僧の顔は覚えていなかったけど、あの光景は……




「……多分、御坊の爪を見たからだと思う」

「爪?」

「酷く傷んでいた。薬師堂の壁板を剥がそうと、無茶をしていたからだろう……もう快いのか?」



遍照が、じ…と己れの爪を眺めるのへ、オレも何気に目を遣った。



…あの時、剥がれかけていた爪が何本かあった…


その名残が、未だ爪の先に見えて痛々しい。



「せっかく王宮に来たのだから、典医寺で診てもらうといい。案内しよう」



「……やはり、あなたは良い御方だ」



歩き出したオレに、僧が着いてくる風でもないので、オレは振り返って言う。



「別にそんなの…普通のことだろう」

「いいえ。坊主の身体を気遣ってくださる武班(ムバン•武官の官僚)など、おりませんよ」

「オレは武班じゃない。ツテがあって宮入りしてるだけの平民だ」

「え…そうなのですか?」

「ああ。偉そうにして悪かったな……」

「いえいえ。それを言うなら、私など、母は奴婢でしたので……構わず偉そうになさっててください。

そうですか……では、私にもそのツテが出来たということですね。ははは、実に有り難い」

「え?」

「これからもよろしくお願いいたします。チョン武官殿」

「……」




奴婢出身の僧が、王室に関わる寺に呼ばれた?


どういう経緯で……ただの坊主ではないのか?


身元を洗ってみるべきか…いや、でも既に王様のお許しは出ているし、そこは調査済みなのか——





あれこれ考えながら歩いているうちに、典医寺に着いていた。



出迎えの医官に、僧の身を託す。



…今日は医仙様はお休みのようだ。



うん、まずはこの僧……遍照のことを、ヨンヒョンに報告しておいたほうがいいか——



そう決めたオレが、「では、オレはこれで」と、僧に声をかけると、



「ありがとうございました。ではまた、近いうちに」



案外に上背のある身体を縮め、遍照はにこやかに、オレへ一礼をした。


高麗を継ぐ王子様が、無事にお生まれになった——



ここ最近沈みがちな出来事ばかり……それもあってか、おめでたい知らせは、瞬く間に国中へ広まった。



市井は喜びに沸き、臣下達は祝いに駆けつけ……





宣仁殿(ソニンデン)で、大々的に王子様のお披露目がなされた後。



有り難い事に俺は改めて、坤成殿(コンソンデン)でのお目見えの機会を得ていた。





誰もが心待ちにしていた…赤子の泣き声が響き渡る宮は、福々しい気で満ちている。




「…赤子というのは全くよく泣くものだな。ははは、元気な証拠だ。そうであろう?チェ•ヨン」



我が子を腕に抱かれた王様は、うっすら涙ぐみながら、笑っていらっしゃる。



目を細め愛し子を見つめるお姿は、すっかり父親のそれで。



また、その傍で、お2人を眺めている王妃様のお顔は輝くばかり……



この温かな光景に大いに覚えがある俺は、己れの妻と子らに、会いたくなって仕方がなかった。




「王子様は、ご自分の意思をしっかりと伝えておいでです。実にご立派です」

「まぁ、ほほほ。大護軍の言うこと……其方はどう思う?チェ尚宮」



微笑む王妃様の脇で、コモがだらしなく口元を緩めて立っていて、



「甥もたまには真っ当な事を申します。いかにも賢そうな、凛々しいお声でございます」



コモのそれを聞いて、王様と王妃様がお顔を見合わせて笑っていると、いつの間にやら王子様は泣き止んで、不思議そうにご両親を見つめておられた。




王様が、王子様の小さな頭を包み撫でながらおっしゃる。



「…釈迦牟尼(しゃかむに)の加護を受けた子だ。それ故、勿体なくも“牟尼奴(モニノ)”と名付けた。

……ドチも……見ておろうか……」




この場にアン内官が居ない事に、誰しもが未だ慣れない……



王妃様がご自分の袖口で、王様の頬をそっとぬぐい、我が子を抱く夫君の腕に手を添えられる。



俺は…込み上げるものを喉の奥で堪え、低頭して口を開く。




「…見ておられましょう。まこと…心待ちにしておられましたから」

「うむ…見ておるな。きっと……」

「王様……」






王子様を真ん中に、みな無言ながら温かい刻が流れていた所へ、コモの鼻を啜り上げる音が盛大に響いた。




…………………………………………………




キム•ヨンの起こした謀反の後始末に、慌ただしかった朝廷も、ようやく落ち着きを取り戻しつつあった。



首謀者は死に、関わった者達の取り調べと処分、そして、変の現場となった興王寺の修繕。



興王寺は、王室の祭祀を司る重要な寺だ。



その為、惨劇の場となった薬師堂はじめ、いくつかの建物は、早々に新しく建て替えられる事になった。



そして、寺に集められていた僧や使用人達も、改めて身分の吟味がなされた上、各々故郷へ戻るよう命(めい)が出された。


——もちろん、十分な褒賞を与えられての事。




今回の謀反で、王様は忠実な臣を失い、長年臣下と信じていた者に裏切られ、その後ろにいたであろう宿敵を追い詰める事も出来ず……


その胸の内は、さぞご無念な事だろう。



徳興君に辿り着けなかった事は、俺にとっても業腹で……



ずる賢い彼奴の事、例え謀反が成ったとしても、キムを生かしてはおかなかっただろう。


己れが関わったという証を、残すはずがない……クソッ




多くの犠牲を払った…それでも、奴の息の根を止める事は出来なかった——



俺はやり場の無い苛立ちを抱え、夜半、家の庭の片隅で、剣を手にひとり荒ぶっていた。













「……起こしてしまいましたか」

「目が覚めちゃったの。今夜は月が綺麗なのね」



振り返った先の縁側に、愛しい妻の姿をみとめ、俺はゆっくりと剣を収め歩み寄った。



夜着の上に一枚引っ掛けただけのイムジャ…風邪をひきますよ、と、脱いであった俺の上着を着せ掛け、隣に並んで座る。



「今宵は満月ですね。月が明るい」



俺が言うのへ、イムジャが、あ、そうだ、と続ける。



「ずっと先の…天界には沢山の国があってね。日本って国があるんだけど、その国の人が、“愛してる”って言葉を、直接伝えるのが恥ずかしいって、別の言い方をしたの。何て表現したと思う?」

「さぁ…検討もつきません」

「絶っっっ対当たらないと思うわ。私も掠りもしなかったもの」

「ふ、何と言ったのですか?」



月明かりに照らされた、妻の美しい横顔に見惚れながら問うと……



「“月が綺麗ですね”、だって」

「…月が…」



イムジャが、ふふふ、と笑って、夜空を見上げる。



「初めて聞いた時は、はぁ?何それ、と思ったわ。私、文系じゃなかったし。

でも、今は分かるの。きっと、今夜みたいな綺麗な月を一緒に見てたのよ……ね、素敵な表現じゃない?」



俺も月を見上げた。



そして、口を開く。



「……月が綺麗ですね」

「うん。綺麗ね」

「月が綺麗です」

「うん…綺麗だわ。凄く綺麗」

「俺の妻も綺麗です」

「ヨンったら…ふふふ」



満ち満ちた月明かりの下、愛する人と口付けを交わす。



ゆっくり ながく



俺の荒んだ心と……おそらくイムジャも抱え込んでいるものがある……俺達は互いの胸の奥の傷を、慰め、癒し、暖め合った。









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皆さま、新月の夜にこんばんは🌑



このところ荒んだ展開だったので、糖分が欲しくなり、少しですが甘いのを入れてみました。



「月が綺麗ですね」は、夏目漱石の逸話から使わせていただきました🌕


昔の理系ウンスには、さぞ??だったのでは…🤭うふふ



皆さま、月が綺麗ですね♡



ビビ


夏の日差しが眩しくなる頃、安州のヒジェさんとソニの間に、無事に娘が生まれたと知らせが届いた…!



母子ともに経過も良いとの事、本当に何よりだわ。



しかも、そのうち都見物に連れて行く、だって……    きゃ〜♡



「会えるのが楽しみだわ〜!ソニは高齢出産だから心配したけど、本当に良かった…

スンオクも、おちおち寝込んでられないわね。可愛い孫のお世話があるんだもの」

「そうですね。以前より元気になるやもしれません」

「うん!きっとそうね」




春先、スンオクが体調を崩していると、ヒジェさんから知らせを受けていた。



厳しい安州の冬が堪えたのかも……高齢だし、心配してたけど……



きっと快くなるわね。生き甲斐に勝る薬はないもの。




さぁ、次はいよいよ、王妃様のご出産——



ドチさんの事は、王様だけでなく、王妃様にももちろんダメージで……それでも、我が子を無事に産む事が自分の使命だと、王妃様はお気持ちを奮い立たせていらしたわ。



それでも、それでもやっぱり、初めてのお産だもの……




「正直……不安でいっぱいです。この子に早く会いたいと思うにつけ、以前のように失ってしまったら……無事に産んでやれるだろうか、もし万が一の事があったら……などと、悪いほうへばかり考えてしまう。あれ程、妊活を頑張ってきたのだから大丈夫、と思う気持ちも、もちろんあります。ですが、いよいよ産月となったら……不安の方が大きくて」



ある日、診察を終えてお茶をいただいていると、膨らんだお腹を撫でながら…王妃様が冴えない顔色で、素直な気持ちを口にされた。




——分かる。分かるわ。



共感の嵐だった私は、先輩として、主治医として、嘘偽りなく返した。



「初めての時は誰でも不安ですよ。私もそうでした。私も王妃様と同じで、近くに肉親も居なかったので余計に……

あ、でも、叔母様やトギ、頼りになる産婆さんや典医寺の皆んなも居てくれたから……何より夫が側に居てくれたので、心強かったです。

タムの時は、陣痛がきたのが夜中で。そのまま朝になって、結局夕方までかかりました」

「それは大変でしたね…」

「そうですよ。出産は女にしか出来ない大仕事ですから」

「わたくしにも出来るでしょうか……」

「もちろんです!私もユン侍医も、王妃様をお支えする為に、お産のスペシャリストから沢山学んでますから」

「すぺ……ああ、チェ家の御子達を取り上げたという…」

「はい。オンの時は先に破水したので、私は大慌てだったんですけど、産婆さんは平然と対処してくれて。おかげで超安産だったんですよ。安産マスターと呼ぶべきかしら」

「ます…?」



叔母様が、天界語混じりの私を諌めるように、コホン、と咳払いをして解説をつけてくれる。



「…王妃様。嫁の3度の出産に立ち会った、腕利きの産婆でございます。ただ、市井の者ですので、王妃様の御前に召し上げるわけにはいきませんが…」




——そうなのだ。



本当は産婆のヘミさんも、王妃様ご出産チームに入って欲しかったんだけど、さすがに許可は下りなかった。



それでも何とか、特別顧問?講師?みたいな形で、関わってもらう権利は勝ち取った。

(ヘミさんには、王室の御子を取り上げるなんて畏れ多い〜!!って、ものすごーーーく拒否られたけど、それも説得した)





いつの時代も出産は命懸け。



どんなに設備が整ってたって、不測の事態は起こりうるものだから。


ヘミさんの神の手…経験値をいただかないテは無いわ。





「そのような経験豊かな者が居てくれて有り難い。そうだな、わたくしがこのような心持ちでは、この子もさぞ心配だろう……

医仙。よろしく頼みます」

「はい、お任せください。頑張りましょうね!ファイティン!」



私が、ぎゅ、と拳を握りしめて見せると、王妃様は柔らかく微笑んで、小さく片手を握って応えてくださった。

(叔母様は、呆れ顔と溜め息で私を見てた…)





今後の予定としては、ご出産の兆しが見えたら、ヘミさんには典医寺に詰めてもらい、いつでも指示が仰げるようにする。



ユン侍医、トギ、もちろん私も、王妃様に付きっきりになるわね。



何日か家を空ける事になるかもしれないけど……そこはオクヒやサンイ、ギチョン達も心積りをしてくれてるし、何より、ヨンの応援がある。




——イムジャなら、必ず成し遂げられます。


いつ何時も、真を尽くす貴女なら……天も味方をするでしょう。


無理をせず…でも、貴女のお気持ちのままに、力を尽くしてください。


俺はいつでも側にいます——




そう言って、抱き締めてくれた……


私の最愛の夫。





歴史に残る王妃様ご出産については、ヨンにも話してない。



だって、私はそれを変えるつもりで、今までやってきたんだもの。



歴史を変えるなんて、とんでもない事だと思うけど……でも、紅巾の時にもう変えちゃったもの。後戻りは出来ないわ。



やれる事を全部やって、あらゆる事態を想定して……高麗での限界に挑むのよ。



とにかく良いイメージだけをして。



出来る、私達には出来るって信じて。



怖くても前を向くのよ、ウンス。



私が気をしっかり持っていないと、歴史に負けちゃうわ。




——負けられないの。絶対に。












そんな私の気合いの賜物……皆んなの願いが天に届いて——





夏の終わり…


愛らしい王子様が、無事にお生まれになった。