「ねぇねぇ、ヨン。ソンゲは次いつ来るの?」



イムジャがくるくると、俺に纏わりつくようにして、瞳を輝かせながら言う。



3人の子の母となっても、少女のような愛らしさは変わらない……歳を取らないのか、俺の妻は……



そんな事はおくびにも出さず、にやけそうになる口元を引き結び、俺は精一杯呆れ顔で答えた。



「またソンゲに荷を預けるおつもりですか?来たとしてもすぐには帰りませんよ。都へ来たら来たで、彼奴も忙しいのですから」

「えー…」



当たり前でしょう、と返すと、弾ませていたものを、すぅ、と収めたイムジャが(想定通り)、目線を落として言う。



「そっか…ソンゲも出世したもんね。うん、ソニ達の所へ、配送をお願いしたかったの」



“大切な家族だから”と、常日頃からソニ達を気にかけてくれるイムジャ……有り難さに俺の口元は、あっけなく緩んでしまう。



「ソンゲを当てにせずとも、近々手配しましょう」

「ホント?良かった!まだまだ送りたい物があるの」




とうに祝いの品は贈ってあったが、イムジャの貢ぎ欲は尽きぬようだ。



それこそイムジャは、何ヶ月も前からソニの出産を見据えて、あれこれ準備をしてくださっていた。



忙しい中…しかも不器用なこの人が、手ずから襁褓(むつき)や、“すたい”という、赤子の首に巻いて使うよだれかけを縫い、更には、



「これ、ソウルにもあったものだけど、すごく便利なのよ。高麗(こっち)でも売り出そうかしら?絶対売れるわ」



イムジャが自信満々に言ったそれは、四角く仕立てた麻布を、赤子の背中へ差し込んで使う…“汗取りぱっど”というもの。



背中へ入れておいたその麻布を、汗をかいたら抜き取る事で、赤子の着替え頻度を減らせるという代物だ。



「子育ても家事も、便利なものはどんどん使って、人にも頼って、楽する事もしなくちゃ。全部頑張りすぎると続かないもの……という事でね。いつもありがとう。オクヒ、サンイ」

「そんな、とんでもないです、奥様」



オクヒ、サンイ親子と囀りながら、賑やかに荷造りをしているイムジャは、とても楽しそうで……



「奥様。私らでよければ、もっともっと頼ってくださいな。頼るといえば、ソニさんにはスンオクさんが居ますし。ヒジェさんも何かと協力してくれるお人だそうですね」

「ええ。あのいかつい見た目からは、想像出来ないくらい、協力的な旦那様よ」

「ふふふ、確かにいかついですねぇ」

「え、オンマ。ソニさんのご主人を知ってるの?」

「タム坊っちゃんに会いにいらした時、お屋敷にお泊まりだったからね。よく働きなさる優しいお人だったよ」

「へぇ〜、私も会ってみたいな」

「都(こっち)へ来るっていうから、サンイも会えるわよ。楽しみにしてて」





赤子を連れての旅は難儀だろうが……いや、逆に、まだ抱き抱えられるくらいのほうが、動きやすくていいかもしれん。


ただ、スンには、安州から開京までの長旅はきつかろう。


ならばいっそ、こちらで馬車の手配をして、呼び寄せればいいか——



そう思い至り、イムジャに相談すると、



「わぁ、ヨン!ナイスアイデア!大賛成よ!スンオクにも会えるのね!タムは覚えてるかしら?ミスとオンにも会わせたいわ」

「では、マンボ達に頼みましょう」

「うん!ああ、楽しみ〜!

…あ、親子4人だと、スンオク達が住んでた離れじゃ狭くない?母屋で寝泊まりなんて、絶対嫌がるでしょう?」

「そうですね。では離れを広げましょうか。早速、人足の手配をします」

「うんうん。忙しくなるわね〜、ふふふ」



ふんわりと頬を上気させ、瞳を輝かせて喜ぶイムジャの姿は、俺の心を満たすのに十分だった。




…………………………………………………




離れの増築が始まると、珍しい光景にタムとミスは興味津々。



現場をうろついて、職人達の邪魔になっているらしく、ギチョンらが、困り果てながら後を着いて……



「坊ちゃま!嬢ちゃま!いけません、危ないですって!」

「だって、おうち、みたいの。みたいのぉ〜!」

「ミスャ、あぶないから、もうちょっとこっちからみよう」

「こっちでもいけません、坊っちゃま!」

「ははは、困ったなぁ。これじゃあ、いつになっても新しい家は建ちませんぜ」



職人達も、苦笑いするしかなかったとか。



離れが建たないのは困るが……我が子らの、何と愛おしいことだろう。












ところが———












そんな微笑ましく賑やかな我が家へ、突然届いた訃報——










「え……?スンオクが……死んだ??」






ヒジェからの急ぎの手紙に、イムジャの顔から一気に色が消えた。





「うそ……嘘でしょ?だって、皆んなで都へ来るって。雪が解けたら、マンボさん達が馬車で迎えをやってくれるから、それでソヨンも連れて4人で帰って来るって……ねぇ、ヨン、」

「イムジャ……」





ヒジェの手紙には、スンオクが夏に生まれた初孫…ソヨンの世話を生き甲斐のようにしていたのが、寒さと共に再び体調を崩し、家族に看取られて、とうとう亡くなったと———




俺が返事を返せずにいると、イムジャが俺の手から手紙を取り上げて、



「……〜〜っ!  嘘よ……嘘……!……」



己れで読もうとするも、漢字だらけの手紙に、苛立ち、戸惑い……遂にはそれを卓へと叩きつけ、嗚咽と共に大粒の涙を流し始めた。



俺は…ただそんなイムジャを、抱き寄せる事しか出来ず……しばらく何の言葉も出せなかった。




「スンオクさんが……」

「スンオクさん……うう…」



ギチョンらも同様で、まだ訳の分からない子ども達を除き、チェ家の人間は、みな悲しみに沈んだ。




…………………………………………………




その年の冬は、何故か悪い気に覆われたように訃報が続いた。




スンオク、そして年明けにはマンボ師叔が——





「…殺しても死なない人だと思ってたんだけどね……死ぬとしたら、酒が呑めなくなった時だろうって……兄さんも、あたしたちも、皆ーんなそう思ってたんだけどね。

こんなに呆気なく、風にあたって死んじまうなんてさ……」



マンボ姐が、目を真っ赤に腫らして、見た事もないほど縮んだ体でそう溢した。



イムジャの天界式の診立てによると、師叔の死因は、かぜをひいて、はいえんをおこした、のだそうだ。



「きっとスンオクも……弱ってるところに風邪をひいて肺炎になって、身体がもたなかったんだわ。お年寄りの死亡原因。天界でも多いのよ……」





イムジャの気の落ちようは相当だった。



それもそうだろう。


天界にご両親を残してこられたイムジャにとって、スンは母親のような…師叔も身内同然の存在だったから……



それでも、子ども達や使用人達の手前、いつまでも沈み込んだ顔を見せないように、努めてくださっていた。




そして時折、閨で俺と2人になると、「ごめんね、ヨン。ちょっとだけ…」と言って、声も無く泣いていた。




その時の俺は……イムジャを静かに抱き寄せて、共に沈む事しか出来なかった。







▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎





どんよりな展開で申し訳ありません……



自身が思い描くラストまで書いていこうとすると、避けて通れないのが人の死なんだと、改めて気づいたビビです💦



ドチから続き、主要な人物の死を書いていかないと、先へ進めないのだなぁ…ということに、書いていて、我ながらちょっと気落ちを😓



書き手がこうなのだから、読んでくださる方々も、もしかしたらそうかもしれない……と、勝手に言い訳めいたことを呟いております。



もっと楽しくて幸せなお話をお届けしたいのですが😓



読むのが辛くなったら、休んでいただいて構いません。



それでも、また良かったら戻ってきて、この先のお話も読んでやってくださいませ🙏



ビビの思うヨンとウンスのラストまで…お付き合いいただけたら幸いです✨

(まだまだ辿り着きませんが)



いつもありがとうございます。



ヨロブン、サランヘヨ♡




ビビ



小春日和の昼下がり。



私は王妃様と王子様の診察を終え、坤成殿(コンソンデン)での女子会中。



東屋で、温かいお茶とお菓子をお伴に、私と王妃様が眺めている先に居るのは——



綿入れでくるんだ王子様を抱っこして、嬉しそうに陽だまりを歩く恵妃様の姿。



もちろん、恵妃様の分のお茶も用意されているけど、それはもうとっくに冷めてしまっている。



王妃様が、そんな恵妃様の姿を、優しい目で見つめながら、



「恵妃の王子贔屓には目元が緩みます。いつも我が子のように接してくれて、有り難いことです。


——恵妃にも授かると良いのですが……


医仙。恵妃の事、今後もよろしく頼みます」

「…もちろんです。王妃様」



そう答えたものの……



恵妃様と王様の夫婦仲の真相——


お2人が、本当の意味で夫婦ではない事を、王妃様はご存知ない。



王様も恵妃様も、王妃様には隠し通すおつもりだから……私も口をつぐんでる。



——恵妃様の気持ちも聞いちゃってるし。



本当は王様の事を慕っておいでなのに……王様には伝えないんだって事。



切ない……



それがいいのか悪いのか…分からないけど、今の恵妃様は、本当にお幸せそうだ。



王子様は、恵妃様にとって推しカプの子……推しの推しだもんね。(?言い方あってる?)




私は、何となく湿りかけた空気を、バッサリ変える事にして、勢いよく声を張った。



「恵妃様ーーー!お茶が冷めちゃいましたよーっ。私と王妃様の存在、忘れてませんか〜??」



それを聞いた恵妃様は、王子様を大事に大事に抱えつつ、大慌てで東屋に戻って来た。



「医仙様ったら、何をおっしゃるのですか。私がお2人を忘れるなんて、」

「いいや、医仙の言う通り。忘れておったのであろう、恵妃」

「まぁ、王妃様まで…」



王妃様が、目を細めて不機嫌そうに言うと(王妃様のこういうアドリブに乗ってくださるところ、大好き)、恵妃様は、抱っこした王子様と私達へ目線を忙しく動かしながら、



「わ、私には、王妃様も医仙様も、王子様も同じように大切なのです。ただ王子様が……このように、あの、あまりにも愛らしくていらっしゃるので、その……」



本気で弁解する恵妃様が可愛らしくて(おそらく王妃様も)、ついに私と王妃様は、ぷ、と吹き出した。



「何を笑っておいでなのですか、お2人とも……あら!王子様もお笑いですか?まぁまぁ…うふふ。笑ったお顔が、王妃様によく似ていらっしゃいますこと……まぁ、私の顔が面白うございますか?王子様。ばぁーー」



やっぱり忘れられてる……


私と王妃様は、顔を見合わせて笑った。




恵妃様の手から王妃様の腕に移られた王子様は、時々「うー、あー」と声を上げながら、オンマの顔を見つめていらっしゃる。



王妃様が、美しく微笑んで見つめ返す様子には、いつ見ても何度見ても、心が洗われるわ。



恵妃様も、冷め切ったお茶を美味しそうに飲みながら、尊いものを見るような目をしてる。



少し離れたところでは、叔母様がゆるゆるの顔で見守っていた。



皆んなが待ち望んだ光景だものね……





「それにしても、王子様はよくお笑いになりますね。皆んなに好かれるはずだわ」



私は笑顔で思ったままを口にした。



それはもう、女官や内官達まで……皆んな天使の微笑みにメロメロになっているのだ。(もちろん私もよ)



王妃様は何度も小さく頷きながら、嬉しそうに、



「愛想が良すぎるのも考えものですけれど、この笑顔を見せられると……ふふふ、もういけませぬ」



すかさず、恵妃様が揚々と断言する。



「王様と王妃様の御子様ですもの。お父上様のように、民や臣に慕われる名君におなりですわ」

「ですね。間違いなくイケメンだし」

「過分に褒めていただいているのでしょうね、ほほほ」



3人(プラス男児1人)で、和やかに進む女子会。



しばらくすると、王妃様が思い出した体で、



「そういえば……王子は誰に対しても愛想の良い子なのですが、先日招いた客人に、大泣きした事がありました」



「まぁ、お客様に?」

「まさか、お客人が王子様に何かされたのですか??」



私と恵妃様がほぼ同時に反応するのへ、王妃様は、ふ、と息を吐かれて、



「あ、いいえ…その者は、ただそこに控えていただけで……恵妃も知っておろう。興王寺で王様を助けた者だ」

「ああ、あの僧ですね」

「医仙はお聞き及びではありませんか?遍照(ピョンジョ)という僧です」



興王寺の変のあらましは、ヨンから聞いている。



ドンジュと僧が、王様を助けた事も。



ただ、その名前には覚えがなかった……多分。




「王様を助けた僧がいるというのは、ヨンから聞きました。そのお坊様に、王子様が泣いちゃったんですか?」

「はい。わたくしの為に興王寺に集められた僧達は、それぞれ褒賞を取らせ郷へ返しましたが、この者は褒賞を辞退し、都に残りたいと申したそうで。故に、褒賞はわたくしから与えようと坤成殿(ここ)へ呼んだのですが……」



……何でも、沈香(じんこう)の念珠を下賜され(もの凄くお高いのでは⁇)、王子様の顔も見せてあげようとしたそうだ——



「ところが、襁褓(むつき)が濡れているのか、腹が空いているのか、どこか痛むのかと心配したのですが、これといって何も……泣いて泣いて、対面させるどころではありませんでした」


「まぁ、そんなに泣かれるなんてお珍しい」

「そうなのだ。何をしても泣き止まなくてな」



不安気な王妃様と恵妃様に、私は口角を上げて明るく言った。



「小さくても、赤ちゃんも私達と同じです。気分が乗らない時もあるでしょう?王子様はお元気です。私もユン侍医も診てますし。大丈夫……よく寝てらっしゃいます」



母の腕に抱かれて、いつのまにか王子様は夢の中……



その愛らしい寝顔に、王妃様も恵妃様も、はぁ、と大きく息を吐いて破顔された。

ピョンジョ様は、あたしの恩人。



ふた親が早くに死んじゃって、あちこち、たらい回しにされたあたしは、いよいよ年頃になると、女郎になるか、金持ちの妾か……

危うく身売りさせられそうなところを、ピョンジョ様が「寺で働かぬか」と、あたしを救い出してくれたんだ。



あたしは、寺の下働きとして一生懸命働いた。



決して豊かではなかったけど、毎日ごはんが食べられて、屋根のあるところで寝られて……有り難いったらなかった。



何より、ピョンジョ様の側に居られることが、幸せだった。



普段は愛想の無いあたしだけど、(その自覚はある)ピョンジョ様の前でなら笑顔になれるもの。



おかしな男に言い寄られたり、手篭めにされそうになったこともあったけど、いつもピョンジョ様が助けてくれて……



ピョンジョ様が、立派なお坊様になればなるほど、あたしに手出しするバカはいなくなった。



だって、あたしはピョンジョ様の女だから。



……少なくとも、周りにはそう言って、ふれ回ってたから。



——みんな、信じたわ。



でも、本当のところは違う…



ピョンジョ様はあたしのことなんて、女として見てない。



あたしは、こんなに好きなのに。



「坊主だって妻は持つだろ?だったら、あたしにしなよ!ね?そうしなよ」



そう言うと、ピョンジョ様は小さな子へするように、あたしの頭を撫でて、



「パニャは面白い事を言うなぁ。私の妻になりたい?ダメだダメだ。こんな年寄り坊主に、お前の面倒なんて見られないさ。お前は若くて、笑うと美人なんだぞ?ちゃんとしたいい男を見つけてやるから、もう少し待っておいで」


「やだ!ピョンジョ様がいい。年寄りなんて、そんなことないじゃない」

「お前は計算も出来ないのか?お前は18、私は40になるんだ。親子ほども離れてる」

「あたしの親はもういないの!あたしにはピョンジョ様しかいないの。だから、何と言われたって、あたしの好きにする。ピョンジョ様と、ずっと一緒に居るんだから!」



しょうがない奴だなぁ…



そう言って笑うピョンジョ様は、絶対本気にしてない……悔しい。いつまでもあたしを子ども扱いして——



…隙あらば、と、いろいろ仕掛けてみたけど、全然相手にしてくれない。



お前は、うんと年の離れた妹だよ、って言う。悔しい。






そうこうしてたら、ピョンジョ様は都に呼ばれて——




「すぐに帰ってくるよ」なんて、大嘘つき!



王命で都に残ることになった、って……そんなんで、あたしが納得するとでも?



王命が何よ!



王様なんて、あたしら下々のもんを、守ってくれもしないで、自分の妻のために坊主を集めまくってさ……



結局、ピョンジョ様を返さないなんて、あんまりだ。



王様なんて、国なんてどうでもいい。


あたしには、ピョンジョ様が全てなんだ。



だから、あたしも都へ行く。



ピョンジョ様と…一緒に都へ行ったイスおじさんと、3人で仲良く暮らすの。



それが、あたしの正解。



あたしの世界の全て。









▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎




またオリキャラが増えました…ミアネヨ🙇‍♀️



●遍照(ピョンジョ)…興王寺で王様を助けたちょっと型破りで野心家の坊主。40歳


●般若(パニャ)…ピョンジョに助けられて以降、懐いて一途に愛してる奴婢の少女。普段は無愛想だが結構美人。18歳


●イス…ピョンジョの世話をする下男のおじさん。パニャを娘(下手すりゃ孫?)のように可愛がっている。イメージは赤毛のアンのマシュウ🤭



拙作中、実はヨンとウンスも、いつのまにか40歳になってました……💦ヒェ〜


ヒジェ、ソニ、アン•ジェ、ピョンジョも同い年の設定です…


刻が経つのは早い😳



ヨンもウンスも見た目は若いので、ドラマの最終回のビジュをイメージしてもらってて大丈夫です🙆‍♀️えっへん


よろしくお願いいたします🙇‍♀️



ビビ