マンニョンの主人を思う涙の告白。
恵妃様と話してみる、と請け負ったものの、何をどう話すべきなのか……
ヨンがお膳立てした王様と恵妃様の密会。
トッキオンニの匂わせ。
気になる事はいろいろあるけど、デリケートな問題だもの、聞くにも何かきっかけがあれば……
「——医仙」
奥の部屋で考え込んでいた私は、迎えに来たテマンに呼ばれて、戸口の方へ顔を向けた。
「あ、もうそんな時間?」
「大護軍は遅くなるそうです。先に帰りましょう、医仙」
しばらくの間、短時間勤務にしてもらっているので、午前中は主に王妃様と恵妃様の診察。お昼を食べて、午後には帰宅するというのが、最近のパターンだった。
テマンに付き添われて帰る途中、中庭の池のほとりに、恵妃様の姿を見つけた。
マンニョンも、他の2人女官と一緒に、少し離れた所で控えている。
お散歩かしら。いい習慣ね。
池の水面が、柔らかな午後の日差しを受けて、レフ板のごとく、恵妃様の白い横顔を照らしている。
……綺麗な人だわ。
王妃様のような、華やかな美人とは違うけど。
前の左政丞(チャジョンスン)の娘。
両班のご令嬢。
育ちの良さが滲み出る、穏やかで上品な佇まい。
でも、初めてお茶会でお会いした時の、あの天然の…少女のような愛らしさは、影を潜めているみたい——
「……医仙?どうかしましたか?」
立ち止まって動かなくなった私に、テマンが不思議そうに声をかける。
「ううん、何でもない……」
一瞬テマンに向いた目線を、再び恵妃様に戻した時——
陽の光に透けた恵妃様の姿が、ぐらり、と揺れたかと思うと、水面に向かって前傾し……
あっ、落ちる……っ
「——危ないっ!」
私は思わず駆け出して、無遠慮に恵妃様の身体を掴んで引き寄せた。
「?! 医仙様??」
私に引っ張られ、くるりと向きを変えさせられた恵妃様が、心底驚いた様子で目を見開いている。
「恵妃様!医仙様!」
「医仙っ」
マンニョンや女官達、テマンも驚いて集まって来た。
何事かと慌てる面々を放って、私は恵妃様の身体を掴み支えたまま、顔から足元まで目で追って、
「大丈夫ですか?!恵妃様!」
「え?大丈夫とは……あの、私が何か?」
「今、ふらついてたでしょう?危なかったわ、池に落ちるんじゃないかと思いました。めまいでも??」
恵妃様が、あんぐりと口を開けたまま、目をぱちぱちさせて、私を見つめている。
そして少しの後、眉根を下げて笑った。
「大丈夫ですわ。ふらついてなどおりませんし、めまいもございません」
「え?」
「池の中を覗き過ぎていましたか?底の方に何か光って見えたので、つい……ご心配をおかけしてしまったのですね」
「え、覗いてただけ?本当に??」
そこへマンニョンが、恐る恐る割って入って、
「あの…医仙様。確かに恵妃様は、御池を眺めていらっしゃいました。しっかりしておいでです」
振り返るとテマンも、うんうんうん、と激しく頷いている。
恵妃様が、ふらっとして危なそうに見えたんだけど……
え、私の見間違い……?
え?
私は、恵妃様の二の腕を掴んでいた手を慌てて離した。
「失礼しました。驚かせて申し訳ありません。私の見間違いだったみたいです……」
「とんでもございません。私を案じて駆けつけてくださったなんて……何だか絵物語のようですわ。ふふふ」
「恐れ入ります……あの、池に何か落ちてました?」
「あ、それが何も。素敵なものは落ちていませんでした」
「素敵なもの?」
恵妃様が、ちら、と悪戯っ子のような目をして、
「銅貨でも落ちていればと思ったのですが、ただの石でした」
「まぁ、恵妃様ったら」
私と恵妃様が、顔を見合わせて笑うのを見て、マンニョン達は、また少し離れた所へ移動して行った。
ここでお会いできたのも何かよね。
ノープランだったけど…流れに乗ってみようかしら。
私はテマンに「ちょっと待ってて」と頼み、恵妃様と向かい合う事に決めた。
「お散歩中でしたか、恵妃様」
「はい。医仙様はお帰りでいらっしゃいますか?」
「ええ。ぼちぼちと」
「今日は診察をしていただいた上、もう一度お会い出来るなんて良い日ですわ。お見送りしてもよろしいですか?」
「見送り……あ、では、見送りじゃなくて、もう少しお散歩しませんか?とっておきの場所にご案内しますよ」
「とっておき?」
「私の秘密の場所です。よろしければ」
秘密の…?
小さく溢して、手で口元を覆う恵妃様の目が、少し煌めいて見えた。
私はマンニョンとアイコンタクトを取り、営業スマイルじゃない笑みを浮かべた。