大東流と聞くと合気柔術のイメージのほうが強い。
よく手首を持たせて「合気を掛けて」右へ左へコロコロと転がしてしまうアレである。
俺が合気道修行時代の恩師で警視庁で合気道師範を務められていた天野先生は、岡本正剛師から20年教えを受けて、今現在は独立して「大東流合気柔術維心館」を立ち上げられている。その天野先生の合気技は神業のレベルに達していると言っていい。
俺が合気道から武田時宗伝の大東流合気武道へ移籍した頃、そのことを話したら
「あっはっは~(笑)時宗伝はだめだよ。あれはただの柔術だよ」
と、一笑に付された。
しかし、俺はあえて柔術色の濃い時宗伝を選んでいったのだ。合気には別段興味がない。
では、柔術と合気柔術の違いとは何なのだろうか?
それは、柔術は「当身」で崩し、合気柔術は「合気」で崩すことだ。
なので岡本正剛師の六方会では当身など全くやっていない。それに引き換え時宗伝では一ヶ条、二ヶ条の技法はほとんど当身が入っている。
俺は当身がない武術はもう武術とは呼べないと思っている。そういう意味では当身をしない柔道は武術とは呼ばずに武道と呼んでいる。
そこで大東流合気武道に伝わる当身をいくつかご紹介したい。
・振り拳
相手に胸倉を掴まれた時、両拳を同時に下から振り上げて、顎と肘にアッパーカット!そのまま振り上げた両拳を裏拳で出顔面と肘に打ち下ろしながら右足で腹部に蹴り。いわゆる三点同時攻撃。
・蹴り
一本捕で相手がゴメンナサイしているときに脇の肋骨部に足裏で蹴り。
・霞当て
両手首を持たれた時に片方の手を離脱させて、相手のコメカミ(霞)に手刀にて当身。
・同時打ち
相手の横面打ちに対して、左手で手首内脈を打ち、右手で水月に当身。いわゆる両拳による同時打ちというのが大東流の当身の特色だ。
武田時宗伝の大東流合気武道は、三ヶ条、四ヶ条、五ヶ条と上の階に進むとその技法の中に当身はほとんど無い。しかし、一ヶ条、二ヶ条という初心者が学ぶ最初の段階では多くの当身がその技法の中に入ってくる。
俺は武術とはかくあるべきだと思う。当身を本気で打つ!そんな稽古を初心者の内にはやらないと、体を練ることができない。「あっはっは~。あれはだめだよ」と言われた柔術の稽古を俺は今でもせっせとやっている。










