今日は金曜日だったので野菜の配達があり、いつものように大阪府富田林市の笑ノ百姓さんの畑に行ってきました。
いつも野菜セットの中には、笑ノ百姓さん自作のプリントが入っています↓
今日はその中のコラムを紹介します。
百姓コラム
先週までの観音戻りには、身も心もキンキンに冷えていました。
今週からは気温が上がり、ようやく春到来です。
野菜のほうは春を感じているのか、次々と蕾をつけ花を咲かせています。
それでもほっといたら種を結び、大地へと落とします。
野菜にとってここまでが本来のゴールなんでしょう。
我々が普段食べている野菜と言うのは、つまり若い時期にとっているのです。
「野菜にとっては道半ばでその生涯に幕を下ろしている」なんて言い方もできるかもしれません。
そういう部分にも思いを馳せてしっかり手を合わせていただきましょう。
さて、畑の方では、春野菜の浅漬けや夏野菜の準備など忙しくなってきました。
そろそろ草刈りもせなきません。
今年に入って極端に雨が少なく、気温の上下幅も大きくて、野菜の管理がとても難しいです。
葉物のなかには油虫がついて出せないものが多く難儀しております。
春物のキャベツにも油虫がついていたりして春作の難しさを痛感しています。
新玉ねぎは順調に膨らんできています。4月位には渡せればいいかな!
↑ここまでが笑ノ百姓さんのコラム
春を待つ畑、野菜の命に思いを寄せて
このコラムを読んでまず感じたのは、野菜や畑を「作物」としてだけではなく、「ひとつの命の流れ」として見ていることでした。
春になって蕾をつけ、花を咲かせ、やがて種を落としていく
――その自然な流れを前にすると、私たちが普段食べている野菜は、ほんの若い時期の姿をいただいているのだと気づかされます。
食べるという行為の向こう側に、ちゃんと育ち、実を結ぼうとしている野菜の姿がある。
そのことを改めて考えさせられる文章でした。
また、農作業の忙しさや難しさがとても率直に伝わってきます。
- 雨が少ないこと
- 気温の上下が大きいこと
- 害虫の影響
- 草刈りや管理の手間
など、日々の畑仕事は決して順調なことばかりではないのだと分かります。
普段、私はスーパーに並んでいる野菜の姿しか見ません。
その裏側にある、知られざる細やかな管理や苦労が、少し身近に感じられました。
一方で、文章にはどこかやさしさや祈りのようなものもあります。
「手を合わせていただきましょう」
という表現には、食べ物への感謝と、命をいただくことへの敬意が込められていて印象に残ります。
農業の現場は厳しくても、そこに向き合う人のまなざしはとても誠実で、野菜への愛情がにじんでいる。
農業を知らない人には少し専門的な言葉に戸惑う部分はあるかもしれませんが、それ以上に、季節の移り変わりや畑の空気、作り手の思いが伝わってくる文章だと思います。
野菜を「食べ物」としてだけでなく、「育つもの」「命の途中のもの」として見るきっかけになる、印象深いコラムでした。
今日も美味しい野菜を頂きました😊

